"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
もし莉乃がこのことを知れば悲しむ。
莉乃が傷つく。誰よりも、きっと。
……それなのに、なんであんたの方が辛そうなの。
電車が駅に滑り込む。
それは絵里が行きたい方ではない。
「"どんな手を使っても"なんて男、ろくでもないよ。簡単に信じちゃダメだし、叶えちゃダメだ。同情して、優しくしようとしちゃダメだよ」
「じゃあ、あんたとの約束は?」
「それはさ〜、指切りしたじゃん」
くるっと前を向き、開いた扉の中に入り込む千葉崎は声だけはいつも通りヘラヘラしている。
でも、絵里にももう分かっていた。
「まだいいや」
ひらひらと後ろ手に手を振られた。
扉が閉まり、発車する。
絵里は見えなくなるまでずっとその電車を見続けた。
「ほんと、訳わかんないやつ」
遠くの細波にかき消されそうな小さな声で呟く。
時間から考えると千葉崎は一本分の電車を待っていて、もう少し絵里が遅くくれば彼は自分の弱った姿を見せることはなかったのだろう。
それとも、一緒に帰っていれば千葉崎がこの寒空で待つこともなかったかも知れない。
絵里はその日一日、千葉崎の事ばかりを考えた。
ヘラヘラチャラチャラして、顔はそこそこいいから女子にモテるけど、絵里のことはいつもからかってきてイライラさせる。
可愛い彼女のことをいつでも惚気てきて、誰よりも優先し大事にしている。
二人に何があったのかは知らないし、千葉崎が何を考えているのかよくわからない。
けれど、絵里にも分かったことがあった。
『助けてよ』
あれは千葉崎の本音だ、と。