"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
夕方、俺は今、保存していた大根を持って相沢家の前に立っている。
一応、昼間に断りは入れたのだ。
ご迷惑になるから、と。
けれどなんだかんだで夕食を共にすることになり、今に至る。
強引に、というよりは琴音のペースに呑まれて負けてしまった。
なるべく会わないようにしていたのに、ついには家に上がることになってしまうとは。
「おい、てめぇ、また人の家の前で何してんだよ」
後ろから地の底から響くような低い声が聞こえてきた。正直、振り向きたくないけど、不審者として通報されるのも嫌だ。
「……すいません。今日、夕飯をご一緒させて頂くことになってまして」
振り返り様に頭を下がるも、上から「は?」と恐ろしい声が降ってくる。
あぁ、ほら。許可取ってないんじゃん。
やっぱりか、と地面を見つめる。
視界の隅に紳士靴が見えた。
「ちっ」
盛大な舌打ちと共に紳士靴が消える。
振り返れば鍵を使うことなく大洋が玄関扉を開けている所だった。
嫌そうな顔で彼が振り返る。
どこかのパーティにでも参列したのかと問いたくなるような高級そうなコートを羽織り、スーツに身を包んだ彼は、本人が持つ圧倒的な魅力も相まってとてもよく似合っていた。
「さみーんだよ。早く入れば」
不機嫌そうにそう言われ、驚きつつも慌てて玄関に駆け寄った。