"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
スウェットに着替えた大洋が前に座り、琴音が間に座る。食卓には南瓜の煮物や肉じゃが、お味噌汁、魚に卵焼きと和食が揃えられている。
俺が持ってきた大根の一部はお味噌汁の中に入っている。
こんなにしっかりした和食を食べるのって夏以来かもしれない。
家ではインスタントや鍋。
外食時は中華や洋食ばかりを選んでいたし、賄いもイタリアンだ。
夫婦二人が「いただきます」と合図もなく、一切のズレもなくピッタリと声を合わせて言った。
俺も遅れて食事の挨拶をし、おずおずと食事を始めた。
久しぶりのインスタントじゃないお味噌汁はその家庭の味というか。馴染みはないけれどホッとする。
肉じゃがも南瓜の煮物も全部。
「すごく美味しいです!」
「ほんと?よかった〜」
嬉しそうに琴音が笑う。
俺は頷き、目を逸らした。
逃げ場は焼き魚。
……しまった。魚ってなんか作法とかあるっけ。
特に気にしたことはなかったが、今まで食べてきた方法は正しいのかがわからない。
そんなこと、友達の家に来ても気にしたことはないのに、ここに来る前からずっと緊張していて、手が震える。
うまく食べられる自信がなかった。
ちらっと大洋を見ると、黙々とご飯を食べている。
骨張った手が綺麗に骨を外して魚を口に入れた。
俺の視線に気づいた大洋が鋭い視線を送り、「なんだ」と言う。
「……すいません。あの、魚の食べ方綺麗だなって、つい、見てしまいました」