"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
琴音にとって今日は特別な日。普段なら髪をくくって誤魔化すところだが、今日だけはきちんとしたい。
頭の先から爪の先まで、全部。
だからお風呂に入ることにした。
三食しっかり食べて時計の針が次の日を越えるまでには必ず就寝し、散歩や庭仕事をしているので運動不足もない。
ガリガリでもなければ豊満でもないけれど、健康的でバランスの取れた体はシミ一つない真っ白な肌で、女の理想そのもの。
けれど、大きく分けて二箇所に傷があった。
一つは高校生だった頃に負った傷。傷痕は広範囲に及び、当時のショックは大きかった。
今でも時々見ては傷痕を触って悲しくなったりもするけれど、彼女は自分よりも苦しい思いをする人がいることを知っていた。
この傷痕が見えてしまうと悲しむ人がいるのでなるべく見せないようにしている。
悲しませてしまうほど傷跡は深く残ってしまったけれど、この傷を負ったことを後悔はしていない。
もう一つはお腹の傷。
それは殆ど見えなくなってはいるけれど、周囲の皮膚とよく見比べれば少しだけ色が違っている。
縦長の傷のその傷は昔、盲腸で手術をした時についた傷だという。
その時の琴音は命に関わる状況だったらしく、意識が朦朧としていて覚えていないが両親からはそう聞いていている。
寝て起きた時にはついていた傷。
ほとんど見えないし凸凹もしていないけれど、毎日その傷に指を這わせて確認している。
「傷だらけだなぁ」
今日もお腹の傷に触れ、ポツリと呟く。
大きな傷はやはり気になるけれど些細な傷も同じように気なってしまう。
こんな傷だらけの体を誰が愛してくれるんだろう。
そんなことを毎日、考えてしまう。