"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
坂を下るほどに少しずつ住宅が増えてきて、長い坂のちょうど中間に差し掛かった時だ。

サーフボードを脇に抱えた男が一人、サンダルをグッ、グッと鳴らしながら坂を上ってくる。昼に見かけたサーファーだろう。

荷物も少なく、ウエットスーツを着たままということは家が近いのかもしれない。


すれ違う瞬間、ちらっと横を見る。

俺の身長は一応、180センチあるのだが、俺の目線とほとんど変わらない。


おまけに、パッと見ただけでも分かるくらい顔が整っていた。

………黄色い歓声を浴びていた理由はサーフィンができるということだけではないようだ。


視線を下に向ければサンダルの跡がある。

よく見ればサーフボードやウエットスーツからポタポタ落ちた水滴の跡もある。


………まさか、今まで海にいたのか。最低でも五時間は経っているぞ。


振り返れば、もう男の姿はなかった。




駅に着くとより潮っぽく、口の中までしょっぱく感じる。
風はちょっと痛い。

昼の美しい海は闇に溶けて全く見えないが、静かな波の音だけはよく聞こえる。そこに海があることは確かだ。

引っ越してすぐは慣れない環境に四苦八苦するだろうが、落ち着いた頃に海のスポーツをするのもありだな。


隣には琴音という美人が住んでいて、綺麗な海がすぐ側にある。


物件見学もせずに決めたのは早計だったかとも思ったが、最高だ。


明日が楽しみで仕方ない。
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