"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
悠介の友人から通知が来た。
作戦以上に、本人が何杯もお酒を飲んだらしく酔い潰れ状態になっているとのことだった。
「さ、時間だ」
瞬間、絵里の体が緊張で強張ったのが見て取れた。心臓を落ち着かせようとしているのか深呼吸をし始めた。
開いたり窄められたりする唇はドリンクで口紅が取れてしまっている。
口紅が取れていることを伝えると絵里がポーチから淡い色のリップを取り出し、口に沿わせる。
けれど、手が震えて上手く塗れず、はみ出しそうになっている。
「貸して」
返事も待たずに絵里からリップを奪い取り、動かないように顎先を掴んで上を向かせて丁寧にリップを塗る。
絵里は大人しくされるがままだったが、恥ずかしかったのか目を閉じていた。
(……キスをせがまれてるみたいだなぁ。ありえないけど。)
「できたよ。次カラオケ行くらしいから、早く行こ」
リップを絵里に返し、二人分のゴミを捨ててさっさと店を出る栄太。
その後を絵里は慌てて追いかけた。
店を出てすぐの居酒屋の前に悠介らしき人物がいた。
予定通り、悠介以外はカラオケ店に向かっている。
「ほら、チャンスだよ」
絵里は頷き、数歩歩いて振り返る。
「大丈夫、今日の酒井は今まで見て来た中で一番可愛いから」
チャラ男やら女たらしやら、色んなことを言われているだけあってさらりと褒め言葉を言う栄太。
褒められたことへの恥ずかしさから顔を染め「そういうのいいから!」なんて言ってしまう。