"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
大学3年、春。
それが最後だった。
平家で過ごす初めての冬が終わり、三月。
まだ肌寒い春。
去年の大根以降まだ何も植えていないが手入れはサボらず継続していて、雑草が活発に成長し始めていることを感じる。
大根が上手く育てられた時の感動からか、今回も何かを育ててみたいと思い、ニンジンとジャガイモとミニトマトの種を買った。
ミニトマトはプランターで育てるつもりだが、他は庭の畑で育てるつもりだ。
家に着いたら早速取り掛かろうと坂を上っていると、真っ白な毛並みのマルチーズを抱えて歩く平松がいた。
互いに挨拶を済ませると、平松の方から「今は春休み?」と話すが流れになって、一緒に坂を上ることになってしまった。
去年、初めて会った時から二度目の今日では少々気まずい。無難な会話を探した結果が、平松が抱く犬だった。
「この子の名前はなんで言うんですか?」
「マルちゃんっていうの。マルチーズのマルちゃん。安直でしょう?」
そっと優しくマルちゃんの頭が撫でられると、マルちゃんは幸せそうに目を細め、平松の手に擦り寄った。
その仕草はまるで人間のように思えた。
「十八年前かしら。旦那が急に連れてきてね。私に名付け親になって欲しいって言われたんだけど、あなたが名付けてって言ったらマルちゃん。名付けてって言った手前、それはないって言えなくて。今は気に入ってるんだけど、当時はちょっと不服だったわ」
「可愛いですけどね、マルちゃん」
マルちゃんと言われる度に「呼んだ?」と、言うように反応するのがまた可愛らしい。
「マルチーズって結構長生きなんですね」
「ううん。大体十五歳位が寿命らしいんだけど、この子は長生きしてくれてて。優しい子だから私を一人にしたくないんだと思うわ」