"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
平松はマルちゃんに「いい子、いい子」と頬ずりをする。その姿は母と子のようだった。
「今日もおばさんの話に付き合ってくれてありがとう」
そう言って立ち止まった家は坂の中腹にある大きな家だった。
この町は平家を除いて大きな家が多いのだが、一際大きな家が坂の中腹にあるのは通り道なので知っていた。
だからと言って表札をわざわざみたりはしないので、誰の家かはしらなかったが平松の家だったとは。
マダムっぽいとは思ってはいたが、本当にマダムだったようだ。
挨拶をして、坂を上り始めると後ろから「ワン」と、マルちゃんが吠えた。
「あらあら」と、平松が慌てる声が聞こえて振り向けば、マルちゃんが平松の腕の中から飛び出して一直線に坂を上っていく。
俺の元に来てくれるのかと淡い期待を抱いたがそうではなく、マルちゃんは俺の横を通り過ぎた。
しかし、小さい犬種だし、老犬ということもあってかそんなに早くはないので簡単に捕まえられた。
後ろから平松が息を切らして走って来たのでマルちゃんを手渡すと「ごめんね、ありがとう」と言われた。
「急にどうしたんですかね?」
「公園に行きたいみたい」
「公園?」
引っ越して来てから散策をしたが、公園があるのは海側の方だ。坂の上には平家と未開拓の土地しかない。
「実はこの上に公園があるのよ。良かったら来てみる?」