"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
「去年、大根を育てたんです。その時に何かを育てるって楽しいんだなって思いました。人間でも犬でもないので何やったって無言ですけど、丹精込めて育てれば一つくらいはしっかり育って美味しく食べられると思います」
エンディングノートなんてものもある世の中。
先のことを考えて生き、備えることは大事だ。
けれどいつ別れが来るとか、その後はどうしたらいいかとか、必要以上に考えるのは心が先に疲れてしまうような気がした。
この種がマルちゃんの代わりになるわけではない。
絶対にならない。
けれど、気晴らしになればいいと思った。
平松は渡された種をしばし見つめた。
ニンジンと大きく書かれた文字はなんだか安っぽくて、上品なマダムである平松には不似合いでアンバランスだ。
去年初めて会った時は夜遅い時間だった。
しかし、平松はそんな時間でも品の良い服に身を包み、髪の乱れ一つない。今日もそうだ。
とても土いじりするような人には見えない。
失敗した。
けれど平松は感謝の言葉と共に「今度植えてみるわ」と言ってくれた。