"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
唇を離し、「わかった」と言う。
酒井は何が起きたのか分かっていないようで静止状態となったまま、何も返さない。
仕方がない。
それくらい唐突で、前触れもない行為だった。
友人と恋人の境目が曖昧なまま、ずるずると三ヶ月が経ったし、もうこのまま、何も変わらないんじゃないかとさえ思った。
けれど、日を追う毎に酒井は可愛くなっていって、今だってそうだった。
可愛いと思ったらキスをしていた。
「な、ななななな」
今度は壊れたロボットのように「な」を連呼し、徐々に顔が真っ赤に染まっていく。
「顔真っ赤!」
声を上げて笑うと睨まれた。
「そ、そりゃ、そうでしょうよ!初めてだったんだから!……びっくりしすぎて、心臓が、速い」
心臓辺りの服をギュッと握り締め、落ち着かせるように身を屈める。
女子にしては高身長の彼女が小さく見えた。
「映画はじまったぞー」
「今それどころじゃない」
酒井は膝に顔を埋めた。
テレビの中でディズニーキャラクターが陽気に歌を歌い出している。
本当なら今頃、きっと、俺たちは時々言葉を交えながら映画に夢中になっていた筈だ。
何一つ進展せず、友人の時と変わらないような時間を過ごしていたかもしれない。