"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
琴音がいたことにほっと胸を撫で下ろしつつも、真っ暗な部屋の隅に縮こまっている彼女に心臓が締め上げられる。
毎日忘れられない、無かったことにしてしまいたい過去がフラッシュバックする。
ドクドクと音を立てる心臓に気づかぬ振りをし、「琴音」と、再度呼びかけた。
ゆっくりと顔を上げた彼女の目は腫れ上がり、光はなかった。その目に大洋の体が硬直する。
そんな彼の姿を視界に捉えた琴音の瞳はゆっくりと息を吹き返し、しばらく経ってから「洋ちゃん」と掠れた声を出せるまでになった。
固まったままだった体がその声一つで解き放たれ、安堵で体が震えた。
琴音の側に腰を下ろし、彼女を抱きしめる。
まるで不安を掻き消すように。
彼女がここにいることを確かめるように。
深く、強く、ギュッと。
冷たい体が少しずつ体温を取り戻していき、自由に動かせるようになった腕を大洋の背に回す。
彼は何も言わなかった。
触れ合うことで安らぐのに、同時にどうしようもなく涙が出そうになる。けれど、それは琴音だけではなかった。
大洋はグッと堪えて、悟られぬように何も言わずに彼女を抱きしめ続けた。
震えているのは誰なのか。
より傷ついているのはどちらなのか。