"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
琴音はクスリと笑って「去年倒れてるから心配かけちゃうかもだけど」と言って右腕を前に伸ばした。
「私ね、二の腕から背中にかけて大きい傷跡があるの。半袖だとちょっと見えちゃって。……それを見たら悲しくなっちゃう人がいるから着ないの」
二の腕から背中にかけての傷なんてかなり大きな傷だ。本人は笑って話しているけれど、辛いに決まっている。
男ならまだしも、女性なら特に。
「すみません。無神経でした」
年中長袖なんて何か理由があるに違いないのに、何も考えずに聞いてしまった。
俺が苦虫を潰したような顔でいると、彼女は明るい声を上げて言う。
「いいのいいの!そんなの分かりっこないもの。それにね、この傷は大事な人を守れた傷だから私にとっては名誉の勲章!おまけに、夏も長袖を着ることで日焼け防止になるからね」
曇り一つない笑顔を見せる彼女が本当はどのくらい傷ついているのか、俺には測りかねる。
だが、今の言葉が本心だとすればこの人は。
「相沢さん、強いですね」
「強い?」
「自分を犠牲にしても誰かを守ったり、誰かが傷つくことが分かっているから先回りして行動したり、今みたいに明るく返せたり。簡単にできることじゃないですよ。優しくて強い証拠だと思います。俺にはできるかわからないです」
「でもこの前、それを帳消しにしちゃうくらい弱い姿を見せちゃったけど、それでも強いと思う?」
「それとこれとは別ですよ」
この前というのはゴールデンウィークの時のことだ。
あの日の彼女は確かに弱っていた。
けれど、それは弱らせた何かがあっただけで琴音が弱いわけではない。