"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
「無理しないで下さいね」
思わず出た言葉だったが、何の脈絡もない言葉に言われた彼女はパチパチと何度か目を瞬きをしている。
「去年の夏も暑かったので。事情があるにせよ、暑さには気をつけてください」
「あ〜!なるほど!そこに関しては本当に信用ないのね〜。もしもの時は……」
ハッとしたように口元を押さえる琴音に気づかず、俺はいつもの調子で「旦那さんがいるから安心ですね」と言った。
「え、えぇ」
何故かキョロキョロと視線を彷徨わせる彼女。
そこで漸く、彼女からいつもの笑顔が消えていることに気づいた。
「どうしたんですか?」
「………あの、間違いならそれでいいんだけど、去年電話番号を教えてくれたかな?」
「へ?」
もう随分と前の話で忘れていたが、去年俺は教えた。
結局電話はかかってこなかったのでそれが元気な証拠と安心したり、何かあったのかと不安になったり、連絡がなかったことにがっかりしたり。
あの当時はお近づきにならたら、なんて下心もあったのでできれば思い出したくはなかった。
「教えました」
しかし、嘘をつくわけにもいかず正直に話す。
「私、本当は結構朦朧としてて、どこからが夢でどこからが現実か曖昧なところがあって……。紙をもらったじゃない?あの紙が起きた時にはなかったからあれは夢だったんじゃないかと思ってて……」