"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
電車に間に合い、ホッと息をついて椅子に座る。
目の前に広がる海は閑散としていて、大洋らしい姿も見えない。
ここに来て一年近くが経つというのにまだ海に足を踏み入れていない。
今年こそは行ってみよう。
酒井を誘ってみようか。
そんなことを考えつつ、何気なく上を見た。
電車のつり革には今月の女性誌の広告がぶら下がっていた。それをボーッと眺めていると一つの言葉が目に入った。
「キャリアウーマンだ」
思わず声に出して言ってしまった。
さっきモヤモヤして出てこなかった単語。
そうだ。キャリアウーマンだ。
その言葉にふさわしい感じの女性だった。
二十代後半くらいだろうか。
大人っぽいけれどそれくらいの歳に見える。
とはいえ、隣人の琴音は年齢不詳の見た目をしているので人は見かけによらないが。
………あれ?あの女の人、どこに向かっていた?
坂を上っていた。
あの先には俺と相沢家くらいしかない。
"キャリアウーマン"という言葉をどこかで聞いた。
それはどこだったか、電車の中で頭を巡らせる。
仕事ができそうな美人。
甘い匂い。
カツコツと鳴るハイヒール。
思い出せたのは目的の駅に着いた時だった。