"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
(悠介にも教えてあげたいけど。流石にね……。)
美味しいお店は共有したいがすぐ側にある建物はあからさまで、ここに連れてくることはそういう事なのだと思われても仕方がない。
漸くキスすることに慣れてきた絵里にはまだハードルが高かった。
悠介もそれを分かっているのでここに連れてきたとしても今はまだその建物へ行こうとは言わないだろう。
絵里が心を決めるまでは待ってくれるに違いない。
もしかすると、本当に好きな人は別にいる彼は呆れるくらい真面目なので、絵里のことを好きになるまでは、なんてことも考えていそうだ。
だからここに連れてきたとしても何も起こらないという確信はあった。
けれど、気まずいものは気まずい。
いつのまにかテーブルの上にはお皿が重なり、空いたグラスが何個も並んでいる。
お皿はみんなで平らげたものだったが、グラスは絵里のものではなく一緒に来た実習生たちのものだった。
お会計は先に人数で割って連れてきてくれた実習生に渡して外で待っていた。
時計を見ればまだ二十二時だったが実習の疲労と満腹感に今すぐふかふかの布団にダイブして寝てしまいたい。
一緒に待っていた実習生の一人があくびをした。
つられてあくびが出てしまい、視界が横長に細くなった。
大きく息を吸い込み、吐き出すと同時に目を開くと、目の前を男女が通り過ぎて行くところだった。
向かう先は間違いなくその辺にある如何わしい建物の内の一つだ。