"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
あまり見るものではないと目を逸らした先にも男女が一組。どこを見ても逃げ場はない。
もういっそ下を向くしかないなと思ったが、絵里には出来なかった。
あまり見るものではないと思ったばかりだったのに一組の男女が視界に入った瞬間、目が離せなくなってしまった。
レースがあしらわれ、首元が透けて見えるノースリーブのトップスにひらひら揺れるアコーディオンスカート。合わせたバッグもパンプスも可愛い彼女によく似合っている。
その可愛らしい格好の女性を絵里は知っているが隣に並ぶ男は知らない。
心の中でどうか居酒屋通りへ向かいますようにと必死で願った。
だが、願い虚しく男女が向かうのは違う方向だった。
(まさか。そんな筈ない。ありえない。)
ドクドクと速まる鼓動が気持ち悪い。
今更酔いが回ってきたかもしれない。
たった一杯で?
お酒に強い私が?
絵里は酔っていることにしたかった。
もしくは今すぐ土砂降りになってほしいと願った。それならば雨宿りのため"仕方なく"入ったことにできる。
だが、梅雨に入っているのに珍しく今宵は晴れていた。
(人違いかも。他人の空似でしょ。)
絶対そうだ。そうに決まっている。
……そうだと言ってくれ。
間違いであると信じたかった。
だから恥を忍んで叫んだ。
間違いであれば絵里は恥をかくけれど、その方がずっと良かった。