"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
心から願った。
梅雨が明け、本格的に暑くなってきた。
今日のバイトは昼上がり。
家に帰ってすぐにシャワーを浴び、濡れた髪のまま布団にダイブする。あとは眠りの世界にさえ行ければ昼寝となる。
「あー、最高」
そう呟いた瞬間、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
最高が一気に最高じゃなくなる。
だらけきった体に喝を入れ、玄関扉を開けた。
………誰だ。
知っている筈の人だが、いつもと服装が大きく違う。
知っている女性の姿と一致しない。
ポタポタと髪から水滴が落ちる俺の姿を見て、口元に手を当て「あらまぁ」という。
「お風呂に入っていたのね。さっき坂を上っているのを見かけたから今なら、と思ったんだけどもう少し時間をおけば良かったわね」
口調も声も仕草もよく知ったものだった。
彼女が訪ねてきたのは初めてだ。
「どうされたんですか?平松さん」
日除け付の麦わら帽子、パーカー、スウェット、スニーカー。どれも普段の上品な服装には当てはまらず、おまけに土で汚れている。
その格好に似つかわしくないのは彼女の佇まいと手に持っている高級ブランドの紙袋が大小一つずつ。
「前にニンジンの種をくれたでしょう?それが上手く育ったからいくつか持ってきたの。あと、お礼も兼ねて。お納めくださいな」