"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
ガラガラと音を立て、開かれた玄関は俺の平屋と全く同じ作りの筈なのに、住んでいる人が違うだけで全然別物に見える。

靴箱の上にかけられたレースの上にはイルカの置物や貝殻が置いてある。他には青いふかふかの床マット、黒いハイヒール。


そして、サーフボード。


「本当にありがとう!……お礼にお菓子でも出したかったんだけど今散らかってて、ごめんね。お茶持ってくるね」

「あ、いえ、お構いなく」


レジ袋四つを重そうに持って行き、ドサッ、バタン、バタン、と大きな音をたてて戻ってくると昨日と同じ氷満杯の麦茶が握られていた。


「ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそです。どうぞ座って」


言われるがまま座り、麦茶を口にする。

喉を伝う冷たさが心地いい。はーっ、と息を吐いていると、頬にヒヤリと冷たいものが当てられて、思わず肩がビクついてしまった。


琴音が自分のグラスを俺の頬に当てたのだ。


「冷たい?」

「冷たいっすよ」


クスクス笑う琴音に同じことをし返そうかと思ったが、出来なかった。なぜか、笑っているはずの琴音が無理しているように見えたのだ。


残りの麦茶を一気に飲み干し、立ち上がり、さっき買ったクッキーの入った紙袋を差し出す。


「引越しの挨拶です。ほんの気持ちなんですけど、よかったら。これからよろしくお願いします」

「わ〜!ご丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」

互いに恭しく頭を下げ、顔を上げる瞬間に目があって、どちらともなく笑う。
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