"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
「彼が後悔するとは思えないけど、最後に何も言わずに出ていけば流石に驚くとは思うのよ。それでも私が三年前に驚かされたことに比べれば可愛いものだわ」
「俺はめちゃくちゃ驚いてめちゃくちゃ後悔したらいいのになと思います」
平松はにこりと笑ってブランコを揺らし始めた。
漕ぎだした彼女の顔はとても晴れやかだった。
キイ、キイと音を奏で、日陰から飛び出したり日陰に収まったりしながら何度も何度も揺らす。
「町田くん。あなたはお嫁さん……ううん。将来できる大切な人を心から大切にして。時にはちゃんと愛してることを伝えて、相手を不安にさせたり悲しませたりするようなことはしないでね。あなたは自分から悪いことをしようとする人ではないと思うけれど。……何だか、私みたいな人に巻き込まれて苦労しそう」
そんなふうに見えているのかと俺は苦笑する。
「それに世の中どんな誘惑があるか、どんな駆け引きがあるか分からないわよ。今はありえないと思っていても心のあり方次第で人は強くも弱くもなれるのだから」
俺はその瞬間、ドキリと心臓が音を立てたのを感じた。
平松はもちろん俺が隣人に対して複雑な思いを抱いていることは知らない。言われたことはどんな人にだって当てはまることだ。
だけど、気を抜けば俺は誰かを……酒井を傷つけてしまうかもしれない。グラグラと揺れる平行棒の上にいるのだ。
仕方がなかったとはいえ、平松の旦那がしたことで彼女がとても傷ついたことは分かる。
同じようなことをしてしまう可能性はどれだけありえないと思っていてもひょんなことで誰にだってあるかもしれないということを改めて胸に刻む。
グッとブランコの鎖を握り締める。
「大切な人を傷つけないような大人になれるよう頑張ります」