"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
今度は自然に笑っていたけれど、長居は禁物だ。


「お茶、ありがとうございました」

「こちらこそ!日差しも坂もキツかったから助かっちゃった。今度は賢くお買い物するね」


決意表明か、拳を作って宙に突き上げる彼女に首を振る。


「今度また、沢山買う時は言ってください。庭掃除のお礼に空いてる日はいつでも荷物持ちしますよ」

「ダメダメ!割りに合わない!」


突き上げた拳が開き、全力で左右を行き交う。

こういうのは互いに社交辞令程度であることが多いのだが、本気で申し訳なさそうだ。


「困った時はお互い様ってやつです。俺が困った時は助けてください」

「もちろん!」

「それで十分割りに合うので大丈夫です」

「えー」


首を捻り、納得がいっていない様子。これ以上問答を続けても埒はあかないので、何か言われる前に言ったもん勝ちだ。


「熱中症って気づいてないこともあるんで部屋を涼しくして、水分補給をしたらゆっくり休んでください」


本人は気付いていないかもしれないが、近くで見た顔は真っ赤になっているのに蒼白いし、動きに力が入っていない。しんどいのを無理しているのがわかる。


だからこそ、これ以上気を遣わせるわけにはいかない。

リュックから取り出したメモにスマホの電話番号を書いて琴音に手渡す。


「俺の電話番号です。もし、まずいって思ったらいつでも連絡してください」


手渡されたメモをじっと見つめるので、登録したくなかったらしなくていいと慌てて伝えると琴音は首を横に振る。


「ありがとう。でも、簡単に個人情報教えちゃうのはお姉さん、ちょっと心配だわ〜」


急にお姉さんぶる琴音に言ってやりたい言葉があるとすれば、あんたにだけは言われたくない、だ。


「隣の家で死体発見とかってなったら後味悪いんで」

「縁起悪!!……そんなに顔色悪かったかぁ」


眉を下げ、笑う琴音に俺は頷きで返した。
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