"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
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(熱い。寒い。よく分からない。ただ、何もしたくなくて、気持ち悪くて吐きそう。)


「ゔっ」

「吐けそうか?」


力なく首を振る。そんな彼女の体をほんの少しだけ起こし、水分を摂らせようとペットボトルの口を当てるが上手く飲み込めないようで口端から溢れてしまう。

零れた分を拭き取って、今度は男が自分の口に含ませてから琴音の唇に合わせ、飲ませた。口移しは何回か続いた。

ぼんやりとした意識の中で、琴音は夢を見ているのだと思った。毛布に包まれ、抱きしめられ、口移しをされたことが現実だと思えなかった。

男はすかさず服の間に手を突っ込み、脇の間に体温計を忍ばせる。体温計は三十九度を示した。


今日着ていた筈の服がいつの間にか部屋着になっている。着替えた記憶は琴音の中にない。

最後の記憶は悠介と別れた後にふらつく体で冷蔵庫の中に買ったものを詰め、なんとか自室に戻って布団を敷いたところまでだ。そこからの記憶が一切ない。


「今、何時?」

「二十時だ、アホ」

(あ、多分現実だぁ。)


男の口の悪さはいつものことだ。眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな顔をしているに違いないと、視界がぼやけている琴音は想像した。


「体調が戻ったら覚悟しておけよ。説教だからな」

「やだなぁ」


声を出すのもしんどくて、掠れた声を出すのが精一杯だがこのままもう一度眠ってしまうのが勿体なくて、朦朧とした頭で会話を探す。

だが、探そうとして見つかるものは琴音にとって聞きたいことであり、聞きたくもないことだった。

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