"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
また吐き気がこみ上げ、顔色が悪くなった琴音に気づいた男は彼女を横たえさせ、ぶっきらぼうながら優しい声音で言った。


「明日は病院行くぞ。それまで寝とけ」

「………一人で「黙って寝ろ」


怒ったような厳しい声が上から降ってくる。
琴音は大人しく毛布に包まって目を閉じた。


(これは怒ってるなぁ。心配させちゃったかな。……でも、どうして気づいたんだろう。今日はどう考えても"あの日"なのに。)


上手く働かない筈の頭でもしっかりと思い出せてしまうのだから嫌なものだ。

震える手で毛布を引っ張り上げようとすると、大きな手が先に引っ張る。

ピッと音が鳴る。男がクーラーの設定温度を上げたのだ。

額の生温い冷えピタを取り替えたり、汗を拭いたりと男は献身的に世話を焼く。

それから、琴音の頭を撫でた。


(やっぱり夢かなぁ。)


熱で頭がおかしくなっているからこんな夢を見るのか。
弱っているせいか、涙が込み上げてきて勝手に流れる。

さっきまで頭をチラついた嫌なものもあっという間に何処かへ行き、いつの間にか吐き気も治まった。


男の手のぬくもりを感じながら琴音は眠りにつき、その日の彼女はとても甘い夢を見た。

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