"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


どうやら聞き間違えじゃなかったらしい。


「見えないです」

「ふふっ、そんな嬉しいこと言っちゃういい子のためにもお庭を綺麗にしちゃお〜っと」

決してお世辞とか建前だとかそういうつもりはなく、本音なのだが、どうやら琴音はそう受け取ったらしい。

透明感のある肌、ぱっちりとした目、それを縁取る長くくるんとした睫毛、健康的な色をした唇。

化粧のことは何一つ分からないが、流石の俺も化粧をしているかしていないかの区別はある程度はつく。

ナチュラルメイクだとしたら申し訳ないが、どう見ても琴音はスッピンだろう。


入学して半年が経ったくらいの頃、サークル内で女子が言っていた。

『朝寝坊して、化粧する時間がないならサボる方がマシだわ』

すると、周りの過半数が頷いていた。
それを聞いて衝撃を受けたことを思い出した。

高校時代はスッピン女子の割合が多かったのに、不思議なことに大学ではスッピンの方が少ない。

半年以上前はスッピンでも高校に来れたのに、大学に入ってからはスッピンでは来れないという彼女達の話を聞いて女心は難しいなと内心思っていた。

しかも、あの酒井ですら薄らと化粧をするようになったのだ。

高校時代の彼女を知る俺は正直驚いた。
薄らでも酒井の印象は変わった。

前よりも可愛くなった。


ほんの少しだけでも変わるんだ。
入学当初からしっかりと化粧をしている子からすれば、スッピンで来るのは無理だと主張するのも今では何となくは理解し始めている。


だからこそ、信じられないのだ。

化粧をしていないことが信じられないのではなく、化粧をしていなくてこのクオリティであるということが、信じられない。

< 42 / 259 >

この作品をシェア

pagetop