"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
準備を終えた食卓に先についていた琴音を見て、これ見よがしに小さくため息をつく男を彼女は気にせず、手を合わせた。
男も同じように手を合わせ、揃って「いただきます」と食べ始める。
それはもう、昔から、共に食事を取る時はそうしている。習慣が為せる技だ。
男が煮物を口に入れる。
さっきまでの不機嫌な顔が少し和らいだ。
「今日ね、お隣の雑草を抜いてたの」
そう言った途端、せっかく和らいだ表情がまた硬くなり、琴音は苦笑した。
「あんな広い庭を学生が一人で手入れするなんて大変でしょう?」
「……だからって、男の家にノコノコ入る奴がいるかよ。危機感が無さすぎ。何かあったらどうするんだ」
「何もないよ〜。仮にあったとしても、隣だから洋ちゃんがいるじゃない。だから大丈夫」
洋と呼ばれた男は「何が大丈夫なんだよ」と、呆れたため息を溢す。
「大体、大学生なんだから一人で何とか出来るだろ。もう放っとけ」
「んー、多分一人でも何とか出来るとは思うんだけど、せっかくのお庭が放置されてると気になっちゃう」
「琴音。もう一度言う。放っとけ」
琴音はゲームを奪われた子供のようにしょぼんとしながらも、返事はしなかった。
何度言っても、家にいる間は鍵を掛けずに玄関で待っているのと同じで、今回も効果はないだろうと思いつつ、注意する。
「歳が離れているとはいえ、お前は女だぞ。力じゃ勝てないんだ。……おまけに、いくら隣の家しか周りに家がないとしても誰が見ているとも分からないのに、嬉々として隣の家に入るなんて馬鹿げてる。周りは雑草を抜くために行っているとは思わないだろ」
「どうして?」
「どうしてって、お前は……」
男はハッとして琴音を見る。
彼女は次に続く言葉が分かっていて、それを待っている。
わざと聞いたのだとすぐに分かり、男は黙って食事をすることにした。
続きを待っても欲しい言葉は貰えないと分かり、琴音もご飯を口に入れた。
気まずい空気が流れる中で食事を終え、食器を洗っていると「琴音」と呼ばれた。
琴音は「なーに」と、振り返る。
「呼んでも起きなかったんだろうけど、何度も言ってるだろ。勝手に部屋に入るな」
男はそういうと、大和室へと向かうための扉を閉じてしまった。