"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
「……やっぱりだめだったかぁ」
琴音は眉を下げ、面白くも何ともないが小さく笑った。偽物の笑顔でも少しは気分が晴れる。
洗い物を終え、居間にあるソファに身を沈めながら縁側に続く細長い扉を見つめる。
ただの木製扉。
ノブを回せば簡単に開く。回して開かないならノコギリか何かがあれば開けられる。
鉄の扉じゃないから、もしも鍵がかかっていても大丈夫。
でも、あそこに鍵はない。
本当はいつでも開けられる。
開けてしまえば、あとは障子があるだけ。
それは引いたら終わりだ。
それだけなのに、細い扉を開けるということが困難なのだ。普段は開けたりなんてしない。
そんな勇気もないし、約束を破るわけにもいかない。
こういったイレギュラーがあった時だけ便乗するように部屋に入るのだ。
なんとか話を逸らし、注意されなければ今後も時々は入ってしまおうか、と何度も企んでは惨敗している。
上手くいかない。
今日もまた、最後の最後で「入るな」と言われた。
また暫くはあの扉の先へ行くことはないだろう。
琴音にはただの木製扉がびくともしない金属製の扉に見えた。