"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
別にいいってなんだよ。
この夏は引っ越しで手一杯だったが、冬か春には絶対に旅行に行ってお土産を渡してやる、と謎の対抗意識をもちながら坂を上る。
遠くで細い煙が空に向かって上がっているのが見えた。
……あれ、ウチじゃないか?
まさか、と思い坂を駆け上がる。
煙が出でいたのはウチではなく、その隣。
つまり、琴音の家だった。
「誰もいないのか?」
まだ外はさほど暗くない。
部屋に電気が灯されていないからと言って人がいないと断定はできない。
それに相手は琴音だ。
もし家にいても気づくだろうか。
俺は急いで自分の家の裏庭へ向かい、煙が出ているのはどこかを見ようとした。
結果、煙は庭から出ていた。
パチパチと音を立てる枯れ葉の山にバッサバッサとアクリル板のような薄い透明な板で風を仰ぐ琴音の姿とともに。
「あ、町田君!おかえりなさーい!」
どうやら心配無用だったらしい。
無邪気に挨拶をする琴音にホッと息を吐いた。
「こんばんは。何してるんですか?」
琴音がニコニコと笑って、どこから取り出したのか、木の棒をまるで国民的青い猫のように掲げた。
それから、その木の棒を一気に枯れ葉の山へとブッ刺した。
「熱くないんですか!?」
「へへ、ちょっと熱い。でも見て!焼き芋!」
枯れ葉の山から取り出されたアルミに包まれた物体。
俺の家の方に近づきながら軍手をした手でアルミを少しずつ剥がし、塀越しに向かい合わせになった時にはホクホクとと湯気を立てる紫色が見えた。
「これね、庭で育ててたサツマイモで。今日収穫したら丁度食べごろだなぁと思って焼き芋にしたの。焼き芋は好き?」