"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
美味しい。
感想を伝えようと顔を上げれば、ついさっきまで土をいじっていた筈の琴音の姿がない。
ーーーどこへいったんだ?
塀の方を見れば、琴音の家に立てかけられている梯子をこちら側へ引っ張ろうとしている彼女がいた。
地面に荷物を放り投げ、荷物の上に焼き芋を置く。
それから、急いで駆け寄って梯子をこちら側に引き寄せるのを手伝った。
「ありがとう」と、にこりと琴音は笑った。
「何でわざわざ梯子なんて使うんです?」
そういうと何故か琴音の笑顔は少しずつ曇り、やがて困ったように眉を下げた。
「人の家にインターフォンも押さずに入るのは……他の人が見たら良くないのかなって」
今まではそんなことも気にしなかったのに。
今更なことだと思うのだが。
「俺……僕の家です。僕がお願いしてここに来てもらってるんですから遠慮せずに来てください。梯子は相沢さんには危なそうですし」
「ありがとう、と言いたいところだけど、私そこまでおっちょこちょいじゃないよ!」
そういいつつ、梯子をじっと見つめ、クスリと笑った。
「でも、そうだよね。町田君がいいって言ってるんだから、普通に入ったらいっか!」
「そうですよ。寧ろ梯子使う方がよっぽど怪しいです。まるで……」
やましいことがあるみたいだ。
と、思って口籠る。
俺たちの間には何一つやましいことはない。ただ、家庭菜園のやり方について教えを請うているだけ。
それなのに、なぜ、気にする必要があるのか。
「まるで?」
「………泥棒みたいです」
「ごめんごめん!次からは普通に来るね!」
梯子を使い、塀の向こうへ行った。
俺は梯子を持ち上げ、向こうへ渡す。
「ありがとう。ちょっと道具を取ってくるね」
そう言って彼女は今度こそ、俺の家の入り口から入って熊手やら何やらを大量に持ってきたのだった。