"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
固かった庭の土を耕し、ならされた土を少し固めて一段分の土の台形の山が出来上がった。
全ての過程を琴音が手際良くこなし、最後の種蒔を任された。種は大根らしい。
今から植えれば十二月には収穫できる。
冬はおでんや鍋に重用されるだろうということで、大根を育ててみるのはどうかということだった。
一人暮らし生活二年目突入間近でありながら、料理ができない俺にはありがたい。
鍋なら切って鍋に入れるだけでいいのだから。
等間隔に種を撒き、土をかぶせる。
「お水は芽が出るまでは根気よく毎日あげてね。最低でも一日一回くらいかな。さすがに人のお庭は覗けないからねぇ。町田君の頑張りにかかってるからね」
「がんばります。……でも、この前は庭の草が生えてるのに気づいてましたよね?ってことは覗いてたんじゃ」
疑いの目を向ければ琴音は慌てて手をぶんぶんと横に振る。
「ち、違う違う!!洗濯物を干してた時に見えたの!雑草の丈が高くなってれば見えちゃうだけで、人の家をジロジロ見てたわけじゃないからね!?」
あまりの慌てぶりに俺は吹き出して「わかってますよ」と、辛かったことを白状する。
塀の高さを考えれば庭はある程度見えてしまう。
それは俺の庭が見えるということでもあり、俺が隣の庭を見ることもできるということだ。
じっと見ればこの畑がどんな状態かは見ることができるが、それこそ変質者の所業だ。
律儀で善良な彼女にはできない。
だが、伸び放題の雑草であればパッと見ただけでも分かってしまうのだろう。
それは本当は見逃したくはないが自分の領分を超えていて、どうすることもできず歯痒い思いをしていたのだと思う。