"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


「水やり、ちゃんとやりますよ。草抜きも頑張ってします」

歯痒い思いをしている彼女は面白そうだが、心配はかけたくない。

何よりもここまで人のために汗水垂らして畑を作ってくれた厚意を無駄にしたくない。

どうせ大学の授業も始まることだし、いつもより早く起きるようにしよう。


「もしも、大根ができたら教えてね」

「それって結構先じゃないですか……」

早ければ十一月、大体十二月に差し掛かる頃の収穫になるのであれば最低でも二、三ヶ月は先の話だ。


「迷惑じゃなければ発芽した時でも、ちょっと育ってきたかなぁってときにでも教えてくれたら嬉しい」

「もちろんです!というか、作物なんて育てたことないんで結構しょうもないことでも言っちゃうかもしれないです」

「ふふっ、何でも聞いてね」


何でも。

この何でも、は決して「何でもいい」訳ではなくて、作物に関する全般でわからないこと"何でも"という意味なのだということは分かっている。

だが、この時の俺の頭の中では彼女に聞きたいことはたった一つだけだった。


『他の人が見たらよくない』というのは恐らく、空き巣や強盗に思われるのではないかということではないと思う。

恐らく、見られれば誤解が生じるという意味だ。


確かに年の差はあるし、俺はまだ成人はしていないが、今年で二十歳。世間的に咎められるような年齢じゃない。

そもそも琴音の見た目が若すぎるのでその辺は誰に見られても何かおかしいとは思えない。

ということは、琴音には"そういう人"がいるのではないか。だから、周りが見たら良くないと思うかもしれないなんていったんじゃないか?


今までも「もしや」と思うことは何度もあった。


だが、左手薬指に指輪はない。ネックレスにしている訳でもなさそうだ。

そうなると選択肢は一つ。


「じゃあ、一つ質問していいですか?」

「なんでもどうぞ〜」
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