"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
衣装の話なんかどうでもいい。
財布から無料券二枚を取り出す。
「今月末の金曜日から日曜日にかけて文化祭があって、芸能人が来る舞台とかはチケットが無いと入れないんですけど、他なら周れるんで。三日間どの日でもいいので、もし時間があれば誰か誘って食べに来てください」
琴音は受け取った券を見つめ、読み上げた。
「フルーツワッフル?」
「僕のとこの出し物です。その券があれば無料で食べれます」
「これって自分用とか家族用のじゃない?」
その通り。
通っている大学生は全員に一枚無料券が配られる。それはどこの場所でも一回限り使えるもので、俺が彼女に渡した無料券は出し物に参加する学生が独自に作った家族用の券だ。
家族にとっては残念で、俺にとっては幸いなことに文化祭に来れないようなのでこの券は俺が使わない限りは無駄になってしまう。
そのことを伝えた上で、少々安上がりだが大根のお礼だと伝えた。
……本当は他学部である千葉崎と他大学の酒井に渡そうと思っていたが、そこは内緒だ。
引目を感じさせないためにはやむを得ない。
「文化祭なんて何年ぶりかしら。ありがとう!使わせてもらうね。町田君はいつお店に立つの?」
「最終日の午前まで……ミスコンの結果発表前です」
「わかった!じゃあその時間に行くね!」
「いいんですか?」
「それはこっちのセリフだよ〜。でも、券は一枚で十分。だから、もう一枚は町田君が使ってね。私は暇なんだけど、もしかしたら一緒に行ける人がいないかもしれないし、もったいないから。ね?」
そうだった。どれだけ若く見えても、この人は大人だ。ということは、周りも大人。都合が合うとは限らない。
返却された一枚を財布の中に入れていると。
「あ!私は行くからね!」
誘った人に一人だったら行かないとは言えないだろうが、一人でも行くというはっきりとした意思がある言い方だ。
しかし、それは彼女の優しさからくるものであって、無理に来させるようなことはしたくない。
「一人だったら来にくくないですか?もし連れの人がダメだったらその時は券を捨ててもらっていいですよ」
「全然!人混みに紛れちゃえばそんなのわかんないと思うし、久しぶりにそういう賑やかなところに行ってみるのも楽しそうだもの」
ニコニコと本当に楽しみそうな笑みでそう言われると、俺もつられる。
ホッとしながら「よかったです」と返した。