"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
それぞれの家が見えてきた。
その辺りからだろうか。地面にポツポツと薄ら水の跡があることに気づいた。しかも、それは平家のある方へ向かっている。
琴音も気づいたようで、勢いよく家の方を向いたかと思えばサッと青ざめた顔で「洋ちゃん」と、呟いた。
「洋ちゃん?」と、俺が口に出すと、彼女はハッとしたように俺を振り返った。
まるで、さっきまで隣にいた俺のことなど忘れていたような反応だった。
「ごめんね、重かったでしょう?ここまでで大丈夫!本当にありがとう!また今度お礼させてね!」
矢継ぎ早にそう言うと、重い洗剤の袋を受け取った琴音は慌てたように玄関へ向かって走っていった。
家まであと少しの道のりだが、あの重い荷物を持っている時のノロノロとした動きが嘘のようだった。
……急にどうしたんだ?
人の名前だった。ということは、その人物が家にいるということじゃないだろうか。
男でも女でも、どちらとでもとれるような名前。
この時の俺はそれはもう、嫌な予感がしていた。
……いいや、もうずっと前からだ。
今日のように重たい買い物袋を持っていて、それを手伝った日。体調が酷く悪そうだった日。今日よりもずっと暑かったあの日。
あの日から、ずっと嫌な予感はしていた。
見たら後悔する。やめておけ、と言うように頭の中で警鐘が鳴っていた。ゆっくりと歩いたつもりだった。
憎むべくは、家まであと少しの距離しかなかったこと。無駄に縦に伸びてしまったことだ。