"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


ーーーあぁ、やっぱり。

隣の平家。彼女の家。

大量の重たい買い物袋を持ちながら走ったせいで息を切らした美人の後ろ姿と、玄関にサーフボードを立てかけ座り込んでいる男。

そのサーフボードには見覚えがあった。
これで三度目だ。

琴音の姿に気づいた男がゆっくりと立ち上がる。

同時に、後ろで軽く一つに纏めてはいるが、纏まりきらなかったのだろう濡れているせいかうねりを伴った漆黒の髪が耳から顔横に落ちた。

ついでに、ウェットスーツの上半分が重力に負けてだらんとする。男は鍛えあげられた上半身を惜しげもなく曝け出していた。

しっかりと腹筋は六つに割れ、上腕の筋肉も盛り上がっているがゴリゴリの筋肉というよりも、引き締まった美しい肢体と言えた。

手足も長い。
前に立つ琴音よりもずっと身長が高い。

おまけに、以前パッと見ただけ、それも外灯という頼りない光だけで見た時ですら整って見えた横顔は、今のように明るい中、真正面から見れば圧倒的な美しさだったのだと気付かされる。

男に対し、美しいなんて言葉は使いたくないが、それ以外で言っても綺麗だとか同じような言葉しか浮かばない。


整った眉に続く通った鼻筋、薄い唇。
端正な顔とはこういう顔なのだと、イケメンとはこうなのだ思う。

整った顔立ちだが、決して女性のような顔立ちではない。男らしい顔立ちだ。しかも、薄らと日に焼けているせいかより精悍な顔立ちにもなっている。


つまり今、俺の目の前にはこれまでの人生で出会したことがない美女とイケメンがいる。


「ごめんね、洋ちゃん!」


やはり、"洋ちゃん"とはこの男のことだったのか。
ズッシリと体が重たくなるようなショックがした。


「まさか、こんなに早いだなんて思わな、くて」


半身を屈め、ゲホゴホとむせ出す琴音。
距離は短いとは言え、あんな荷物を持って走れば誰だってそうなってしまう。

男は眉間にシワを寄せ、リーチの長い足で彼女に近寄ってその背を優しく撫でた。

「別に、琴音は悪くないだろ。俺が待ってただけだ。……そんなことよりもさ、お前、誰?」


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