"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
道路で突っ立っていた俺と男の鋭い目がしっかり合う。「誰?」に当たるのは間違い無く俺だ。
初対面の人に対して「お前」はどうなんだ。本当は呆れたいところだが、そんなことをできる余裕はない。
鋭い目つきで睨みつけられている。
それも、まるで敵を見るような目。
今にも、喉元を喰いちぎられるような気がして、体の血の気が引いていく。
高校時代に運動部に入っていたし、上下関係の厳しさも先輩や顧問の怖さも知っている。だが、その比ではない。
そういう人間的なものではない。空気がビリビリとしている。
例えば、草食動物が肉食動物に遭遇してしまったような、そんな感じだ。
本能でこいつはヤバイと感じ取っているんだ。
俺にとってはこの男と同じく、「誰?」に当たるのだが、人の家の前で突っ立て見ているのは俺だ。
「俺……」
思ったよりも声が小さい。動揺しすぎて「僕」とも言えなかった。やり直しだ。息を吸い、言い直そうとすると。
琴音が背筋を伸ばし、後ろを振り返った。
俺の姿を認識した彼女は「町田くん!」と言うや、男に向き直った。
「洋ちゃん!お前って失礼よ!!お隣さんに対して口が悪い!!」
「……お隣さんかどうかなんて知らねーよ。ジロジロ見てくるから聞いただけだ」
「それでもだよ!?あなた、誰ですか?でいいのに、高圧的な言い方なんてして!」
プリプリと怒り出す琴音に、男の殺気めいたオーラが形を潜め、肌を刺すような空気がなくなった。
これなら、大丈夫だ。
「さっきはジロジロ見てしまって、すいませんでした。初めまして、隣に引っ越してきた町田悠介といいます」
頭を下げ、挨拶をすると。
「……あれ?もしかして洋ちゃん、町田くんに会ったことないの?」
「ない」
「ってきりもう会っているとばかり……。ごめんね、町田くん!怖い思いさせて!この人、口は悪いし時々目つきも悪くて!」