"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
こいつの、夫。
ガン、と鈍器で殴られたような衝撃に言葉を失った。
おまけに、琴音の顔がブワッと一気に赤くなっていき、驚いたように大洋を見上げたかと思えば、見たこともないような嬉しそうな顔で微笑んだ。
そんな姿を見せつけられ、心臓にナイフが突き刺されたような痛みがした。
本当に夫婦なんだと思い知らされる。
呆然とする俺に口の端を歪ませた笑みを向け、「琴音、鍵」と、玄関扉を指さした。
「そうだった」
琴音は慌てて鍵をポケットから取り出して開錠する。
……あぁ、また、そんな危なっかしい鍵の持ち方を。
頭の隅で違うことを考えようとしているのに、結局は目の前の美形夫婦から目を離せない。
大洋は琴音の側に置かれていた買い物袋を幾つか持つと、もう片方の腕でサーフボードを抱え、思い出したように振り返った。
「というわけで、よろしく」
「あ、よろしくお願いします」
俺の返事を聞いたのか聞いていないのか。
大洋は特に返事もせず、家の中へ入っていった。
鍵を開けた琴音が俺の前に小走りで来た。
「さっきはごめんね。手伝ってもらったのにまともにお礼も言えてなくて」
「いえ、気にしないでください。……それより、結婚されてたんですね。びっくりしました」
琴音は小さく微笑んだ。
「さっき怖くなかった?」
俺は宙を一度見上げ、「少しだけ」と、親指と人差し指を近づけ、誤魔化すように笑った。
そんな俺にふふっと小さく笑い、「そうだよね」と、頷く琴音。
「ああ見えていい所も沢山あるの。普段はもうちょっと愛想も良いんだけど、今日は機嫌が悪かったのかな。いつもはあんな感じじゃないから安心してね」
「分かりました」
「今日は本当にありがとう。改めて、二人の相沢をよろしくね」
「こちらこそ」