"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
麦わら帽子に隠れていた美貌が露わになり、俺は思わず息を飲んだ。


小さな顔。瞬きするたびに音を立てそうなほど長い睫毛。虹彩がはっきり見える大きな茶色の目。色白な肌。全体的に色素が薄い中で唇は紅ではなくごく自然な赤い色をしていてそれが良く映えている。

一つ一つのパーツが良いことに加えて、それら全ての均整が取れているという完璧さ。今日までに出会ってきた人の中でダントツの美人だった。


「はじめまして。私は隣に住む相沢琴音《あいざわことね》です。どうぞよろしく」


微笑む。それだけで凄まじい破壊力があり、俺はまた、うっかり見惚れてしまう。

微動だにしない俺を見つめ、彼女は不思議そうに首を傾げた。それすらも可愛い。


………おっと。そんなこと考えている場合じゃない。


「俺……僕は町田悠介《まちだゆうすけ》です。明日越してきます。こちらこそ、よろしくお願いします」

「ふふっ、困ったことがあったらいつでも言ってね」


軍手を外して差し出された手は細っこくて真っ白だ。


俺は恐る恐る手を伸ばし、触れる。


夏にしてはひんやりとしていたが人間らしい温かみはあり、思わずホッと肩を撫で下ろした。

よかった。ちゃんと人間だった。
幽霊じゃない。

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