"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
「たこ焼きどうっすかー!!!」
「そこのお姉さん!占い興味ない?」
「舞台、白雪姫を第一体育館で行いまーーす!ぜひきてくださーーい!!」
そこかしこで勧誘の声が響いている。
だが、そんなのは全て雑音だ。
まともに聞こえるのは注文の声だけ。
狙い通り女子受けのいいフルーツワッフルは大盛況で注文はミスコン前まで止まらなかった。
ミスコン最終結果開示まで三十分を切った頃、ようやく落ち着いた客入りに午前の部スタッフ一同はほっと息を吐き出した。
店の中は狭いし、暑いし、注文が止まらず頭はおかしくなりそうだった。みんな頭に氷嚢を乗せる始末だ。
「苺のワッフルを貰えますか?」
客の声が聞こえる。みんな一度スイッチが切れてしまって動けなくなっていた。「誰か〜」と、他力本願な声がどこからか聞こえてきた。
……仕方ない。動くか。
「苺のワッフルですね、少々、お待ち……」
客の顔を見て、口が開く。
よく知った人だ。今日、千葉崎との話題に一番出てきた人物だ。
だが、こんな彼女は見たことがない。
茶色の短い髪は巻いているのかふわふわとしていて、顔はしっかりと化粧されている。
アイシャドウ、アイライン、マスカラ、口紅。
どれも彼女がいつもしないもの。
それも驚きだが、何よりも、遊びに行く時に着るデニムジャケットの下だ。黒のワンピースだ。
制服だって仕方なく着ていたような彼女が、ワンピースを着ている。
目の前にいるのは酒井なのに、まるで別人だ。
「……何よ。四百円でしょ?」
しかし、話せばいつも通りの酒井だ。
「あ、あぁ……いや、ちょっと待ってろ」
財布から券を取り出し、「これがあるから、タダな」と、酒井に見せる。
「いいの?」
「酒井に渡す分だったからいいんだよ」