"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


真っ直ぐ背筋が伸びている。
佇まいに品があって、まるでどこかのお嬢様のよう。

そんな人は俺は知らない。
だが、この声を間違えるはずはなかった。

その女性の前に立つ。

ハットと合わせたニットワンピースは腰でベルトをしているせいか上はゆったりとしているが、下はタイト。靴は黒のショートブーツ。普段のシンプルな装いとは全く違う、大人っぽい服装。

……いや、大人なんだ。

あれが琴音だと思っていたが、よく分からなくなってしまう。

「こんにちは、町田君」

俺はようやく顔を見れた。
にこりと微笑まれ、息を飲んだ。

初めて化粧をした姿を見た。

キラキラと光るブラウンのアイシャドウ、普段よりずっと長い睫毛、ただでさえはっきりとした目であるのにアイラインでさらに助長されている。ほんのりと色づいた頬も暗い赤色をした唇も。

普段、スッピンの彼女からは考えれば、濃いと思えてしまうのにとてもよく似合っている。


「相沢さん、とっても綺麗ですね」


思わず、本音が溢れた。


「そう?ありがとう。久しぶりにちゃんとしたからちょっと不安だったのよね。洋ちゃんはなーんにも言ってくれないし」

肩をすくめ、チェーンバックから財布を取り出す。

……そうだよな。
ここに来るまでに見せてるに決まってる。

「やっぱり、いつもと違ったら何か言って貰いたいものですか?」

「そりゃあそうだよ〜。折角綺麗にしたんだもの。好きな人には褒められたいじゃない?」

財布の中を見ようと俯く琴音の顔に長い睫毛が影を落とす。「あった、あった」と、取り出されたのは俺が渡した無料券とクレジットカードだ。

「相沢さん、券は使えますがカードは使えませんよ」

「あらまぁ」

口に手を当て、クレジットカードを片付けた。
これはネタなのか本気なのか、判断しづらい。

とりあえず無料券を受け取り、中に注文を通す。

いつも土いじりをしている手の爪は何もされていないのに、今日は艶々としている。こんな小さな変化に、よく気付けたなと自分でも驚いた。


「……今、大きいお札しか無いんだけどいい?」

「大丈夫ですよ」

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