"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


ホッとしたように財布からお札を取り出そうとした時だ。その手を止めるように、大きくてしなやかな手が琴音の手に重ねられた。

代わりに千円札が差し出された。


「悪い、これで頼む」


相変わらず不機嫌そうな低い声の正体は琴音の夫、大洋だ。


「……ありがとうございます」

お釣りを手渡すと、大洋は琴音の財布の中に小銭を入れて屋台から離れた。

「旦那さんも来てたんですね」

だから、二つなのか。
そんなことに今更気づいた。


「そうなの!絶対無理だって思ってたから私もびっくり。ダメ元でも言ってみるものね」


辺りがザワザワとしている。

ミスコン会場へ向かう人々は屋台に用事はないが、屋台の通り、特にフルーツワッフル付近で思わず立ち止まっているせいだ。

屋台内のスタッフは琴音を見て唖然としているので、外がざわついているのはまさしく大洋のせいだろう。

白のTシャツに黒のスラックス、革靴。
髪は無造作に後ろで一つに束ねているだけ。

それだけなのにまるでモデルのようで、屋台をバックとしても様になるとはどういうことだ。

太洋に見惚れている中には、遠巻きに写真を撮ろうとする生徒もいる。だが、震え上がるような目つきを送るっているので恐らくSNSに写真はほとんど上がらないだろうなと推測された。
絵になるとはいえ、怖すぎてシャッターを切れないんだ。


「二人で歩いてたら周りの視線が凄そうですね」

「洋ちゃんがかっこいいからね〜。昔からあんな感じだよ」

「琴音さんの影響もあると思いますけど」

「ないない!私モテないもの!」


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