"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
「ところで、ここで何を?家は隣ですよね?」

地図もここで合ってるし、隣って言ってたしな。
そこは間違いじゃない筈なのだが、琴音はここにいる。

琴音はハッ、と目を見開き、口に手を当てる。その姿はすぐにでも''そうだった!''と言いそうだ。


「そうだった!私の家は隣でね」

パッと握手していた手を離し、慌てた様子で石壁の向こうにある全く同じ平家を指差した。


「改装したのに放置されちゃって雑草まみれでね!ずーっと気になってたんだけど人様の家だしなぁ、って今まで塀からはみ出してきた雑草だけむしってたんだけどね!?」


「は、はぁ」


なぜ焦っているのか理解できず、俺は生返事を返すしかなかった。しかし、琴音はしどろもどろになりながら説明を続ける。


「でもでも!お隣に越してくる人がいるからって管理者の方がこの間挨拶に来て『これは酷いなぁ。若者には頑張ってもらわなきゃなぁ〜』なんていうものだから、一人でやるには大変だろうし、私も気になるしで、つまり、」


言いたいこととスコップ片手に泥まみれでいることの理由に合点がいき、言い淀む彼女の代わりに言葉を紡ぐ。


「俺が来る前に雑草を全部抜いてくれようとしてたんですね」

「そ、それだと聞こえはいいけど、どちらかといえば勝手に入って勝手に始めたと言いますか。不法侵入と言いますか………」


………あぁ、なるほど。そっちか。

確かに不法侵入だ。言い淀む理由もわかる。

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