溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を
プロローグ
プロローグ
それの出会いは全ての始まりだった。
思い返すと、そう感じてしまう。それほどに、この日の出会いは風香(ふうか)にとって大きな出来事だった。
梅雨が長引き、やっと夏らしい天気が続いていた頃。ある日の夕暮れ時だった。久しぶりに大雨が降った。天気予報でも予想できない、夕立だった。
アスファルトから少し焦げたような匂いがしたけれど、それも雨によってすぐに消えてしまう。
けれど、風香にはそんな事はどうでもよかった。突然、雨に降られてしまい、小走りで自宅へ向かっている所だった。始めは小雨だったので、傘を買うこともなく少し濡れるぐらいならばいいかと、歩いていた。けれど、自宅近くになって大粒の雨が降ってきたのだ。
「わぁー………本降りだ。もう、コンビニなんて近くにないよ」
そんな小さな呟きは、地面や回りのビルや家の屋根に叩きつけるように落ちる雨の音でかき消されてしまう。
髪も洋服も濡れ、持っていた鞄だけは濡れないように前屈みになって走っていた。この鞄には風香の大切な仕事道具であるノートパソコンが入っていた。
カッカッとヒールを鳴らしながら走っていると、何かに躓いたのか風香は体がぐらりと傾いた。
「………ぁ………」
転んでしまう。
と、思った瞬間、風香は自分の体よりもノートパソコンを守ろうと、強く鞄を抱きしめた。体は傾いている。次にくるであろう衝撃に備えて、風香はグッと強く目を閉じた。
だが次に感じたのは、腕を引っ張る温かい感触。それ、ババババッと傘に落ちる雨音だった。
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