溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を
内気な性格で、絵を描くだけが楽しみで、小さい世界で暮らしていた風香の視界を広げてくれたのが、柊だった。
様々な国に行ったり、新しいお店を開拓したり、何でも挑戦していたという彼の学生時代。その話しに、風香はいつもドキドキさせられていた。
そんな彼から貰ったダイアモンドがついたソリティアの指輪。それが彼が自分のとなりに居たという証明になるだろう。
けれど、そんなものになっても今、柊は居ない。彼が居ないのならば、何の意味もないのだ。
「…………でも、外すことなんて出来ないよ………」
風香は指輪にそっと触れながら、そう呟いた。その言葉は、静かな部屋に消えていく。
一人暮らしをしている風香だったが、結婚後はもちろん柊の家で暮らす予定だった。忙しい日々だったために、結婚してから引っ越しをしようという事になり、まだ風香は一人暮らしをしていたのだ。けれど、この部屋には彼と過ごした記憶が沢山残っている。柊は必ず帰ってくると信じていても、会えない日々が続くと、昔の事を思い出しては辛くなってしまうものだった。
そんな時に美鈴から言われた言葉。一人旅というのが、風香のざわついている心に引っ掛かったのだ。
少し気分転換をすれば、彼の事が何かわかるかもしれない。それに、気が滅入ってしまってはいい仕事も出来ないだろう。仕事をしなければ、風香だって生きてはいけないのだ。
メソメソと泣くだけではなく、少し行動しようと風香は心に決めた。
「よし………、決めたっ!出掛けよう」
パンッと手を叩いてから風香は仕事用のパソコンの前に座った。仕事をするわけではない。
すぐに行ける旅行先を決めて、明日にでも出掛けてしまおうと思ったのだ。