溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を
帰り道は、考え事をしながらノロノロと歩いていた。
柊が記憶を失くした理由なんて、何度考えてもわからない。
けれど、もし何か理由があって忘れていたのだとしたら。
メモリーロスで記憶を一時的に失っているだけならば、薬の服用を止めれば、記憶は戻ってくる。そうしたら、彼はまた風香と恋人になってしまっている事がイヤなのではないか。
そんな記憶がなくなってしまったとわかったばかりの頃のような不安な考えに、思考が支配されてしまっていた。
それに、風香が大切にしているネックレスを彼が狙っているのではないか。それは全く信じていなかったけれど、可能性の1つではあるのかもしれない。
「はぁー………もう頭の中がぐちゃぐちゃだ………お風呂に入ってゆっくりしたい………」
自宅のマンションに足を踏み入れながら、風香はつい大きな独り言を洩らしてしまった。
今日はきっと仕事も手につかないだろう。そういう日はさっさとお風呂に入って寝てしまうのが1番だ。
家に帰ってからのシミュレーションをしながら、鞄から鍵を取り出す。
玄関のドアに鍵を差し込んだ瞬間。風香は違和感に気づいた。
「え…………鍵が開いてる…………」
風香は鍵穴を回さずに、ドアを引いた。
すると、ドアは簡単に空いてしまう。
廊下の光が部屋の廊下を照らす。
そこにあったのは、物が散乱した無惨な光景。そんな荒れ果てた部屋が風香を出迎えたのだった。