溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を
「奥がリビングとダイニング、そしてキッチンだよ。手前から空き部屋とお風呂、トイレ、俺の部屋、寝室って感じかな」
部屋を案内しながら、まずはリビングに通してくれた。風香が最後に訪れた時とほとんど変わらない。ジャケットがソファにかけてあったり、ペットボトルがテーブルに置いたままになっているぐらいで、ほとんどちらかっていない。彼らしいなと風香は思った。
けれど、すぐに違いを見つけてしまった。緊張していた理由は、これだった。風香が柊の部屋に残してきたものは、残っているのか。それが、気がかりだった。
リビングには2人で旅行に行った時の写真やおみやげが大きなテレビ台に飾ってあったはずだった。
けれど、それはなくなっていた。
柊が片付けたのだろうか。
気になるけれど、それを彼に聞けるわけはなかった。
「どうしたの?」
「あ、何でもないよ」
「今、お風呂をつけたから待っててね。お腹は空いてる?」
「ううん………今は食べたくないかな」
「わかった。じゃあ、明日何か食べよう。今日はお風呂に入って寝ちゃおう」
そう言いながら、柊はココアを作ってくれた。柊はコーヒー派だけれど、時々甘いものを飲みたくなるらしく、ココアが置かれているのだ。温かいココアを一口飲むと懐かしい味が口の中に広がった。
風香が落ち込んだ時、2人で喧嘩をしてしまった時、柊はココアを作って「大丈夫?」と声を掛けてくれたり、「ごめん」と謝ってくれる。
風香にとってココアはとても温かいものだった。
「やっと表情が柔らかくなったね」
「え………」
「あんな事があったんだ。思い詰めたり、考え込んだりしてただろ?だから、眉間にシワが寄ってたよ」
そう言って、自分の眉間にシワを寄せて見せる柊を見て、風香はクスクスと笑ってしまう。