溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を



 この街のどこかで、昨日の風香のように今まさに事件に巻き込まれている人がいるのかもしれない。そう思うと、とても不思議な気分だ。


 自分の部屋が何故狙われてしまったのか。
 1つ考えられる事は、風香のファンだという事。けれど、風香は顔だしはもちろんしていないし、住所がバラされた事もなかった。今まで1度もファンが自室に侵入した、という経験がないので、それはないのではないか、そう思っていた。

 それと、もう1つは金目のものが目的だった事だ。たまたま風香の家に入ったかもしれない。
 けれど、鍵を準備をして侵入したとなれば、あの部屋に何か目的があるからだ、と考えるのが普通だろう。
 あの部屋に入る目的。
 それは、やはり宝石なのだろうか。

 真っ赤なワインレッドのロードライトガーネットで、アフリカのマダガスカルで採掘されたらしい。祖母は「ロードライトとパイロープガーネットの中間あたりで、とても綺麗なのよ」得意気に語っていたけれど、風香にはその言葉の意味さえもわからなかった。ただただ繰り返しその事を教えてくれたので、それだけらは覚えていた。
 風香の祖母は、とある財閥の両親の間に生まれたの5番目の子どもで、末っ子だったそうだ。そのため大変可愛がられて育ち、働きもせずに大手の会社社長と結婚したらしい。両親が亡くなった後の財産争いは見苦しい有り様だったようで、風香は母の形見であるガーネットのネックレスだけを貰い、他は放棄したそうだ。それを大切に大切にしていた。
 ガーネットはとても大粒で、風香が受け取ったときは震えてしまったほど存在感があり、降れた時は鳥肌がたったものだった。美しいものを見ると、綺麗とは別に少し恐ささえも感じてしまうのだな、と風香は思った。

 それが本当に自分の手に渡った時はどうしようかと思ったけれど、祖母は「困った時に使いなさい。宝石は使わないと意味がないわ。着飾ったり鑑賞するのもいいけど、生活が出来ないのなら売ってしまいなさい」とまで言われた。そう言われると、風香は少し安心した。もちろん、売るつもりなどなかったけれど、「大切に受け継ぎなさい」と言われるより心は軽いものだった。




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