溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を
2話「似ている人」
2話「似ている人」
「ギリギリだった………」
新幹線の指定座席に座った風香は、大きく息を吐いた。
平日の昼過ぎとあって、新幹線も空いていたのでついつい独り言がもれてしまう。小振りのボストンバックを上の棚に置き、風香はショルダーバックを持って、窓の外を見た。すると、ちょうど発車時間になったようで新幹線がゆっくりと動き出した。
予約した新幹線に乗るのがギリギリになってしまったのは、仕事が終わらなかったからではなかった。
一人旅行だというのに、いつも以上にメイクをして、肩にかかるぐらいの髪もワンカールに巻いてきた。そして、春日和の天気だったため花柄のワンピースを準備して久しぶりにおしゃれをしてしまったのだ。そんな事をしているうちに、気づくと家を出る予定時間ギリギリになってしまったのだ。
新幹線はトンネルに入ったのか、大きな音が響き渡る。真っ暗な窓には鏡のように自分の姿が映る。
「………まるで、デートに行くみたいじゃない」
着飾った自分の姿を見て、風香はそう思ってしまった。
初めて彼と旅行をした思い出の場所だからと言って、その場所に柊がいるわけでもないのに………。
そんなバカな事をしてしまった自分から目を背けるように、風香は目を閉じた。