溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を




 次の日から、風香は柊の出勤時間に同じように家を出て、風香の家まで送って貰い、帰りはタクシーで帰ってくるという生活を続けていた。部屋の片付けがメインだったが、数日経つとそれも終わってしまったので、部屋で仕事をすることもあった。資料なども全て部屋にあるので、作業の進みもいいのだ。
 柊は「片付けが終わったら俺の部屋で仕事をすればいいのに」と、あまり賛成はしてくれなかったけれど、彼に迷惑はかけたくなかったため、風香はそれをやんわりと断ったのだ。




 「はい。今、データを送信させていただきました。今回は少し遅れてしまい、すみませんでした」
 『いいのいいの!風香さんはいつも締め切り前に送ってくれてるのが、締め切り前日になっただけだから。………はい、しっかり受けとりました。今回も素敵なイラストありがとうございました』
 「こちらこそ、ありがとうございました。それでは、何か修正などありましたらお伝えください」


 風香は取引相手との電話を終えて、フーッと息を吐いた。最近受けた大きな仕事が一段落したのだ。柊の行方不明に、記憶喪失。そして、自室への不法侵入者。度重なる事件のせいで、仕事にも身が入らない事もあり、苦しい時間となったけれど、柊のお陰で何とか完成する事が出来たのだ。リラックスし、安心出来る時間は必要なのだなと、風香は改めて感じていた。


 この頃の風香はとても調子がよかった。
 薬を飲んでから頭痛もなくなり、体調が悪くなったり眠れない日もなくなっていた。
 それは、やはり柊がいつも隣に居てくれるからだろうとも思った。彼はとても優しく、甘い時間も沢山くれた。
 最近では離れる前は「いってらっしゃい」とキスをしてくれてり、帰ってくると「今日はどんな絵を描いたの?」など、彼が抱きしめながら聞いてくれる。そんな穏やかな時間が堪らなく嬉しかった。昼間は自分の部屋に居る事が多かったけれど、夜は彼の家へ行っていた。夜勤の時も彼の布団で眠っており、彼の香りを感じると寂しいながらも安心出来たのだ。 

 けれど、風香には不安があった。
 彼は風香に全く手を出してこなかった。キスをしたり、抱きしめたりしてくれる事は多かったし、甘い言葉も囁いてくれる。彼に愛されているのも、実感出来る。
 だが、柊は風香を抱こうとはしてくれなかったのだ。

 付き合って間もないからかもしれないけれど、2人はいい大人である。しかも、ほぼ毎日一緒に寝るようになっているのだ。
 風香は体調が悪かったり、事件に巻き込まれたりと、気持ちを考慮してだろうと風香もわかっていた。けれど、風香は少しだけ寂しさを感じてしまっていた。




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