Limited-lover
◇
「鈴木さん!おはようございます!」
「ああ、おはよ、増田。」
同じ一課の増田に課の入り口で声をかけられて、軽く答えながら席に向かった。
今日は11時出勤で、そっから怒濤のミーティングラッシュ。こう言う日は特に気合いが入るんだよな。幸い、どのプロジェクトも、健太と作田さんと組んでるからやりやすいし。
軽やかに自分のデスクに行ったら、既に作田さんと健太は来ていて、二人並んだデスクで、作田さんは突っ伏して寝ていて健太はスマホをいじってた。
ごくごく、いつもの風景。
「おはよ。今日、よろしく。」
タブレットを立ち上げながら、二人の前のデスクに座る。
そんな俺に健太がスマホから顔を上げて「りょーかい。」と笑顔を返すのもいつも通り。
……だけど。
何だ?
何か違和感を感じる。
端から見たらいつもと変わらず落ち着いて見えるとは思うけど、何となく俺には分かる。浮き足立ってんのが。
もしかして…今の彼女と何かあったか?
.
ついこの前まで手がけていた、アイドルのコンサートの舞台プロデュースをするって大きな仕事。あれは健太無しでは成功に至らなかった。
こだわりだしたら止まらない俺に周囲のスタッフ、関係者がついて来れなくなるのは、あらかた予想が出来た。それでも、俺は絶対にこだわりを崩せなくて。そこを 健太が上手く調整して、巻き込み、士気を高めて…どうにか形にすることが出来た。
ミーティングに参加しつつ、他へ根回しして、俺の資料作成に全部付き合って全体を把握する。どう考えても半端ない仕事量。
けれど、健太は『大変だ』と微塵も感じさせないまま、ただいつも通り飄々と俺の側にいただけ。
『まあ、真斗だから』っていっつも笑ってた。
それは周囲もわかってて。
プロジェクトが終了した後
「何とか健太をねぎらいたいけどな。あいつ、あからさまにやると嫌がるだろ。」
なんて、課長が苦笑いして俺にこぼした位。
でも、ねぎらいたいよな…って課の雰囲気がそんな感じになった時、健太が突然言い出した。
『この一週間だけでいいんで、なるべく定時であがらせて貰えませんか?それから昼休みも、希望の時間になるべく…。や、本当に“なるべく”で良いんで。』
理由は…わかんないけど、一つ大きな仕事が終わった今なら、100%は無理だけど、ある程度、その希望も叶えてあげられる。
恐らく、健太もスケジュールと照らし合わせて、課長が困らないと判断した上での希望。
そりゃ、課内一致で首を縦に振ったよね。
反対するヤツなんて居るわけ無い。
それで健太をねぎらえるなら易いもんだから。
でもまあ…健太は顧客を沢山抱えてる人気者だから。
そう簡単にはいかなくて、結局言い出した初日は夜、会社に戻って来て朝まで仕事してたし、その前の日も休みだったけれど、夕方から出て来て、泊まり込みで資料作りとか、やれること全部やっときましたって言ってた。
……そこまで『早く帰る』事にこだわるって、何だ?
そう思ってたら、耳に入った『彼女が出来た』話。
や…そう言っちゃ何だけど、健太に彼女がいるのは珍しい事じゃ無い。
『とりあえず付き合ってみなきゃわかんないし』って言うのが健太の考えで。
けど、あんまり執着がないから、すぐ別れるってパターン。
「仕事のリズムを崩してまで会うのはね…」なんてサラッと言った事もあったし。
それが…『定時で帰る』『昼休みきちんと取る』
そんなに特別なのか?今回の彼女は。
まあ…サクラの部下で、あのサクラが相当気に入ってるって言ってたからな。
良い子なんだろうけど。
俺の視線を感じたのか、それとも落ち着かないのか、健太は再び視線をスマホから俺に移した。
「…ねえ、真斗。今日ってさ、やっぱ8時まではかかるよね。」
「あ~…まあ、クライアント次第かな。最後のミーティング、6時からだろ?納得してくれりゃ、すぐ終わるけど。」
スマホを置いてんー…と伸びをする。
「じゃあ、その前の打ち合わせ次第って事か。」
「何、早く帰りたいの?」
聞いた俺に、健太は少し困った様に眉を下げる。
「うん、出来れば。」
…はっきり言ったな。珍しく。
と言うか、初めて聞いたかも、健太が『早く帰りたい』なんて言うの。
「…俺も早く帰りてえ。」
「あ、作田のおじさん、おはよ。作田さん次第じゃない?おじさん提案のプロジェクションマッピング、先方気に入ってるんでしょ?そこを詰めてけばさ…」
「んじゃ、もうちっと修正しとくか。」
「おっ!やる気出ましたよ、作田先生が。真斗、これは巻けるかもよ〜?ミーティング!」
楽しげに絡み出した作田さんと健太。それを見て俺も気合いが入る。
…『帰りたい』って希望を言っても、絶対に仕事の手を抜くわけじゃない。
だから好きなんだよね、この二人。
「…健太、もし『もっと早く』って事なら、先方に上手く言って30分位なら早められると思うけど。向こうは早く作田さん案の本物みたくてうずうずしてんだろうからさ。」
「いや、それだと、打ち合わせが巻きになって良くないでしょ。結果的に早めに終われば平気だから。早すぎてもね…多分、ダメだろうしね。」
眉間に皺を寄せた俺に、健太はまた眉を下げる。
「まあ…ほら。頑張ってる時はそっとしておいてあげた方が良いときもあるでしょ?」
「ああ…うん…まあ。」
「そんな感じ。」
…よくわからないけど、健太的に会う時間のタイミングを計ってはいて、でもなるべく早く会いたいって事なのか?彼女に。
どうあれ…今までとは大分違うよな、彼女に対する健太の意識が。
.
「鈴木さん!おはようございます!」
「ああ、おはよ、増田。」
同じ一課の増田に課の入り口で声をかけられて、軽く答えながら席に向かった。
今日は11時出勤で、そっから怒濤のミーティングラッシュ。こう言う日は特に気合いが入るんだよな。幸い、どのプロジェクトも、健太と作田さんと組んでるからやりやすいし。
軽やかに自分のデスクに行ったら、既に作田さんと健太は来ていて、二人並んだデスクで、作田さんは突っ伏して寝ていて健太はスマホをいじってた。
ごくごく、いつもの風景。
「おはよ。今日、よろしく。」
タブレットを立ち上げながら、二人の前のデスクに座る。
そんな俺に健太がスマホから顔を上げて「りょーかい。」と笑顔を返すのもいつも通り。
……だけど。
何だ?
何か違和感を感じる。
端から見たらいつもと変わらず落ち着いて見えるとは思うけど、何となく俺には分かる。浮き足立ってんのが。
もしかして…今の彼女と何かあったか?
.
ついこの前まで手がけていた、アイドルのコンサートの舞台プロデュースをするって大きな仕事。あれは健太無しでは成功に至らなかった。
こだわりだしたら止まらない俺に周囲のスタッフ、関係者がついて来れなくなるのは、あらかた予想が出来た。それでも、俺は絶対にこだわりを崩せなくて。そこを 健太が上手く調整して、巻き込み、士気を高めて…どうにか形にすることが出来た。
ミーティングに参加しつつ、他へ根回しして、俺の資料作成に全部付き合って全体を把握する。どう考えても半端ない仕事量。
けれど、健太は『大変だ』と微塵も感じさせないまま、ただいつも通り飄々と俺の側にいただけ。
『まあ、真斗だから』っていっつも笑ってた。
それは周囲もわかってて。
プロジェクトが終了した後
「何とか健太をねぎらいたいけどな。あいつ、あからさまにやると嫌がるだろ。」
なんて、課長が苦笑いして俺にこぼした位。
でも、ねぎらいたいよな…って課の雰囲気がそんな感じになった時、健太が突然言い出した。
『この一週間だけでいいんで、なるべく定時であがらせて貰えませんか?それから昼休みも、希望の時間になるべく…。や、本当に“なるべく”で良いんで。』
理由は…わかんないけど、一つ大きな仕事が終わった今なら、100%は無理だけど、ある程度、その希望も叶えてあげられる。
恐らく、健太もスケジュールと照らし合わせて、課長が困らないと判断した上での希望。
そりゃ、課内一致で首を縦に振ったよね。
反対するヤツなんて居るわけ無い。
それで健太をねぎらえるなら易いもんだから。
でもまあ…健太は顧客を沢山抱えてる人気者だから。
そう簡単にはいかなくて、結局言い出した初日は夜、会社に戻って来て朝まで仕事してたし、その前の日も休みだったけれど、夕方から出て来て、泊まり込みで資料作りとか、やれること全部やっときましたって言ってた。
……そこまで『早く帰る』事にこだわるって、何だ?
そう思ってたら、耳に入った『彼女が出来た』話。
や…そう言っちゃ何だけど、健太に彼女がいるのは珍しい事じゃ無い。
『とりあえず付き合ってみなきゃわかんないし』って言うのが健太の考えで。
けど、あんまり執着がないから、すぐ別れるってパターン。
「仕事のリズムを崩してまで会うのはね…」なんてサラッと言った事もあったし。
それが…『定時で帰る』『昼休みきちんと取る』
そんなに特別なのか?今回の彼女は。
まあ…サクラの部下で、あのサクラが相当気に入ってるって言ってたからな。
良い子なんだろうけど。
俺の視線を感じたのか、それとも落ち着かないのか、健太は再び視線をスマホから俺に移した。
「…ねえ、真斗。今日ってさ、やっぱ8時まではかかるよね。」
「あ~…まあ、クライアント次第かな。最後のミーティング、6時からだろ?納得してくれりゃ、すぐ終わるけど。」
スマホを置いてんー…と伸びをする。
「じゃあ、その前の打ち合わせ次第って事か。」
「何、早く帰りたいの?」
聞いた俺に、健太は少し困った様に眉を下げる。
「うん、出来れば。」
…はっきり言ったな。珍しく。
と言うか、初めて聞いたかも、健太が『早く帰りたい』なんて言うの。
「…俺も早く帰りてえ。」
「あ、作田のおじさん、おはよ。作田さん次第じゃない?おじさん提案のプロジェクションマッピング、先方気に入ってるんでしょ?そこを詰めてけばさ…」
「んじゃ、もうちっと修正しとくか。」
「おっ!やる気出ましたよ、作田先生が。真斗、これは巻けるかもよ〜?ミーティング!」
楽しげに絡み出した作田さんと健太。それを見て俺も気合いが入る。
…『帰りたい』って希望を言っても、絶対に仕事の手を抜くわけじゃない。
だから好きなんだよね、この二人。
「…健太、もし『もっと早く』って事なら、先方に上手く言って30分位なら早められると思うけど。向こうは早く作田さん案の本物みたくてうずうずしてんだろうからさ。」
「いや、それだと、打ち合わせが巻きになって良くないでしょ。結果的に早めに終われば平気だから。早すぎてもね…多分、ダメだろうしね。」
眉間に皺を寄せた俺に、健太はまた眉を下げる。
「まあ…ほら。頑張ってる時はそっとしておいてあげた方が良いときもあるでしょ?」
「ああ…うん…まあ。」
「そんな感じ。」
…よくわからないけど、健太的に会う時間のタイミングを計ってはいて、でもなるべく早く会いたいって事なのか?彼女に。
どうあれ…今までとは大分違うよな、彼女に対する健太の意識が。
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