Limited-lover
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ジャストフィットより少しラフめのジーンズを履いて、濃紺ブルーの薄めのダウンパーカーを着ているその人。
足元もスニーカーで、会社に居る時はジャケットとかスーツだから、雰囲気が違ってカジュアル。
柔らかそうな黒髪がふわりとそよ風に少し掬われて、普段は少し斜めにしている前髪も厚く下ろしているけれど、そこから見え隠れする少し眠そうな二重とスッと通った鼻筋に小ぶりな整った唇。
総じて少し幼さを感じるその顔…間違いなく宮本さんだ。
先ほども言った様に、うちの会社はイベント会社の中でも中規模で、男性社員だってそこそこ多い。
だから全員の顔と名前が一致するわけではないけれど…
宮本さんは、わかる。
社内でも五本の指に入るって言われる程、仕事が出来る人で『社内一のタラシモテ男』と言われている宮本さん。
『人は違えど彼女が途切れない』(しかも自分からは告白したことがないらしい)事で有名なのもあるけれど、それよりも、”賞賛”として、そう言われている方が大きいと、先輩サラリーマン達は口を揃えて言う。
宮本さんと対面して話をすると、誰もが宮本さんの柔らかく何となく距離の近いその雰囲気に惹かれる。
それは性別も宮本さんとの関係も、全く関係無い。
クライアントも、『宮本さんならば仕事がしたい』『依頼したい』と言う、いわゆる『リピーター』が沢山居るらしい。
そして…何を隠そう私も惹かれた一人。
以前、サクラさんに仕事の事で怒られた時に宮本さんと二人きりで話をしたことがある。
『サクラはさ、ああいうヤツだから。多分期待してないヤツには怒らない。自分でやった方がよっぽど早いしエネルギーも使わないからね。
まぁ…サクラの下で働くのは大変だろうけど。こだわり半端ないから。』
差し出してくれたホットココアが優しくて温かくて…嬉しかったよな……
「だからさ、『別れたい』つってんのに引き留めてどうすんだって話でさ…」
…そんな、社内一モテリーマンの、ある意味ちょっとした修羅場に遭遇。
そういや、告白されまっくってはいるけど、続かないって聞いた事あるな…。
有名人は大変だな、何でも噂になっちゃって。
宮本さんの名誉の為にも、出来れば、私は居なかったことにした方が良いんだろうけれど。この場から今、動くのって…不自然だよね、どう考えても。
そのまま、顔を逸らしつつ、耳だけ傾けて様子を見る事にした…けど。
「…悪いけど、引き留めるほど、興味無い。」
「な…」
「 大体さ…付き合って三日で興味なんて沸くと思う?
そんな風に思われてたんだったらそっちの方が驚きだけど。」
うわ…キツ…
その辛辣な言葉に、思わずあからさまに顔を向けてしまった。
途端、その女性の肩越しに、宮本さんと目線がぶつかる。
し、しまった……
慌てて目線を逸らして、俯いた。
だ、大丈夫…だって、話したのは、あの一度きりだし。
恐らく宮本さんは私の事は覚えていない…はず。
だ、だから、このくだりが終わって宮本さんが立ち去って、そしたら、私もこの場を離れれば済む…よね。
パン!
乾いた音が辺りに少し響き、「最低!」と女性の走るヒール音が遠ざかっていく。
それを俯いたまま、耳だけで確認。
後は…宮本さんが立ち去れば……
「いー天気だよねえ…ひなたぼっこにはピッタリ。」
「ひっ!」
いきなり隣にストンと座られて思わず身体が飛び跳ねた。
「『ひっ』って言った?!今。」と楽しげに笑う宮本さんの黒い髪がまた少しフワリと揺れ、日差しに反射して艶めく。
な、何だろう…この人。
近くで見ると、ただ、笑っているだけなのにものすごく可愛い……。
「あ、あの…わ、私は何も見てません…。と、通りすがりのちょっとサボってる見ず知らずの会社員ですので…」
「…サボりなんだ。企画営業2課の秋川麻衣さん。」
ご、ご存じ?!
何で?!
もはや、『きゃっ♡覚えられてた~』とか言う女子的ドキンは無い。
ただ、ただ、自分をあの宮本さんが知っていたと言う若干の恐怖。
ああ…覚えられていなければ、赤の他人の目撃として、私の中で永遠に封印したのに。
「な、な、何故私を………」
「何故って、俺、同じ会社の企画営業部一課だし。1回話したの覚えて…無いか。社員結構な数いるもんね、うちは。」
…そっくりそのまま台詞を返したい。
私と話したの、覚えてるんだ……
もしかして、話した人全員、ちゃんと覚えてるのかな?
あり得るよね、宮本さんなら。
「どうも、宮本健太です」と小首を傾げて余裕の笑みを浮かべ、ベンチの上にあぐらをかいて座り直す宮本さん。
足…長いからそんな狭い幅の所であぐらも大変そうだな。
なんて、要らぬ心配をしている私から微笑みをそのままに、目の前の川に目線を移した。
「つか、サクラの部下だから、よく覚えてたって感じかも。」
なるほど、サクラさんの部下だからか…。サクラさんは社内でも指折りのやり手だもんね。
でも…サクラさん効果とはいえ、知ってもらっているのはすごい事だよ、やっぱり。
川の水面を眺める宮本さんの横顔を一瞥した。
ほっぺたが…ちょっと赤くなってる。
さっき叩かれたから、だよね。
ハンカチをポケットから取り出して差し出した。
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ジャストフィットより少しラフめのジーンズを履いて、濃紺ブルーの薄めのダウンパーカーを着ているその人。
足元もスニーカーで、会社に居る時はジャケットとかスーツだから、雰囲気が違ってカジュアル。
柔らかそうな黒髪がふわりとそよ風に少し掬われて、普段は少し斜めにしている前髪も厚く下ろしているけれど、そこから見え隠れする少し眠そうな二重とスッと通った鼻筋に小ぶりな整った唇。
総じて少し幼さを感じるその顔…間違いなく宮本さんだ。
先ほども言った様に、うちの会社はイベント会社の中でも中規模で、男性社員だってそこそこ多い。
だから全員の顔と名前が一致するわけではないけれど…
宮本さんは、わかる。
社内でも五本の指に入るって言われる程、仕事が出来る人で『社内一のタラシモテ男』と言われている宮本さん。
『人は違えど彼女が途切れない』(しかも自分からは告白したことがないらしい)事で有名なのもあるけれど、それよりも、”賞賛”として、そう言われている方が大きいと、先輩サラリーマン達は口を揃えて言う。
宮本さんと対面して話をすると、誰もが宮本さんの柔らかく何となく距離の近いその雰囲気に惹かれる。
それは性別も宮本さんとの関係も、全く関係無い。
クライアントも、『宮本さんならば仕事がしたい』『依頼したい』と言う、いわゆる『リピーター』が沢山居るらしい。
そして…何を隠そう私も惹かれた一人。
以前、サクラさんに仕事の事で怒られた時に宮本さんと二人きりで話をしたことがある。
『サクラはさ、ああいうヤツだから。多分期待してないヤツには怒らない。自分でやった方がよっぽど早いしエネルギーも使わないからね。
まぁ…サクラの下で働くのは大変だろうけど。こだわり半端ないから。』
差し出してくれたホットココアが優しくて温かくて…嬉しかったよな……
「だからさ、『別れたい』つってんのに引き留めてどうすんだって話でさ…」
…そんな、社内一モテリーマンの、ある意味ちょっとした修羅場に遭遇。
そういや、告白されまっくってはいるけど、続かないって聞いた事あるな…。
有名人は大変だな、何でも噂になっちゃって。
宮本さんの名誉の為にも、出来れば、私は居なかったことにした方が良いんだろうけれど。この場から今、動くのって…不自然だよね、どう考えても。
そのまま、顔を逸らしつつ、耳だけ傾けて様子を見る事にした…けど。
「…悪いけど、引き留めるほど、興味無い。」
「な…」
「 大体さ…付き合って三日で興味なんて沸くと思う?
そんな風に思われてたんだったらそっちの方が驚きだけど。」
うわ…キツ…
その辛辣な言葉に、思わずあからさまに顔を向けてしまった。
途端、その女性の肩越しに、宮本さんと目線がぶつかる。
し、しまった……
慌てて目線を逸らして、俯いた。
だ、大丈夫…だって、話したのは、あの一度きりだし。
恐らく宮本さんは私の事は覚えていない…はず。
だ、だから、このくだりが終わって宮本さんが立ち去って、そしたら、私もこの場を離れれば済む…よね。
パン!
乾いた音が辺りに少し響き、「最低!」と女性の走るヒール音が遠ざかっていく。
それを俯いたまま、耳だけで確認。
後は…宮本さんが立ち去れば……
「いー天気だよねえ…ひなたぼっこにはピッタリ。」
「ひっ!」
いきなり隣にストンと座られて思わず身体が飛び跳ねた。
「『ひっ』って言った?!今。」と楽しげに笑う宮本さんの黒い髪がまた少しフワリと揺れ、日差しに反射して艶めく。
な、何だろう…この人。
近くで見ると、ただ、笑っているだけなのにものすごく可愛い……。
「あ、あの…わ、私は何も見てません…。と、通りすがりのちょっとサボってる見ず知らずの会社員ですので…」
「…サボりなんだ。企画営業2課の秋川麻衣さん。」
ご、ご存じ?!
何で?!
もはや、『きゃっ♡覚えられてた~』とか言う女子的ドキンは無い。
ただ、ただ、自分をあの宮本さんが知っていたと言う若干の恐怖。
ああ…覚えられていなければ、赤の他人の目撃として、私の中で永遠に封印したのに。
「な、な、何故私を………」
「何故って、俺、同じ会社の企画営業部一課だし。1回話したの覚えて…無いか。社員結構な数いるもんね、うちは。」
…そっくりそのまま台詞を返したい。
私と話したの、覚えてるんだ……
もしかして、話した人全員、ちゃんと覚えてるのかな?
あり得るよね、宮本さんなら。
「どうも、宮本健太です」と小首を傾げて余裕の笑みを浮かべ、ベンチの上にあぐらをかいて座り直す宮本さん。
足…長いからそんな狭い幅の所であぐらも大変そうだな。
なんて、要らぬ心配をしている私から微笑みをそのままに、目の前の川に目線を移した。
「つか、サクラの部下だから、よく覚えてたって感じかも。」
なるほど、サクラさんの部下だからか…。サクラさんは社内でも指折りのやり手だもんね。
でも…サクラさん効果とはいえ、知ってもらっているのはすごい事だよ、やっぱり。
川の水面を眺める宮本さんの横顔を一瞥した。
ほっぺたが…ちょっと赤くなってる。
さっき叩かれたから、だよね。
ハンカチをポケットから取り出して差し出した。
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