Limited-lover
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宮本さんがあまりにも優しくて、『私も頑張らないと』と思った。
だから…
“お夕飯、お弁当作って持っていきます”
なんて、言ってはみたものの…
何を作ったら宮本さんは嬉しいのだろうか。
ハンバーグが好きって言ってたけど、今週だけで2回その系統を食べてるしな…
ほかの好きな食べ物リサーチしておけば良かった。
「…麻衣どうしたの?」
宮本さんと会えないお昼休み、久しぶりにサクラさんと一緒に会社が入っているビルの二階にあるカフェに来た。
お夕飯のヒントが欲しくて、注文し終わってもメニューとにらめっこし、来たオムライスを見て溜息をつく。そんな私を見て、サクラさんが『おかしい』と思わないはずはない。
「あ、いえ…オムライス、美味しいなあって思って。」
慌てて誤魔化したら、穏やかに微笑んだ。
「麻衣は本当にオムライスが好きだね。
そういえば、今度の鎌原駅のイベントも、たまご亭が出店してくれるかもしれないよ。」
「えっ!本当ですか!」
「うん。昨日電話があってさ。麻衣が卵に詳しくて、それを嬉しそうに話してたのが印象的だったんだって。麻衣が担当ならやってもいいって。」
「た、たまご亭のご主人がそんなことを…」
「嬉しい?」
「もちろんです!」
だって、たまご亭のご主人のオムライスは本当にこだわって作っていて美味しくて。
どうしてこんなに美味しいんだろうって、すっごく考えて…そこからたまごに興味を持って。そして色々調べたって経緯があるから。
あれは、本当にただの興味だったけど、役に立って良かった…。
「…ま、本格的に動き出すのは来月以降だから。今は鋭気を養ってて?
良かったね、付き合った時期が丁度今で。」
その言葉にドキンと鼓動が跳ねる。
一瞬フリーズしてしまった私にサクラさんは「ん?」と再び首を傾げる。
それから眉間に皺を寄せた。
「…もしかして、もう、うまくいってないの?」
「えっ?!そ、そんなことは…や、優しいです、宮本さんは…」
「…そう?だったらいいけど。」
いまいち納得してない様な顔でサクラさんはパスタをクルクルと綺麗にフォークに巻く。
“だったらいい”…のかな。
サクラさんにとっては、早く別れて欲しいんじゃないのか…な……
オムライスの最後の一口を飲み込んだ。
「あの…すみません、私ちょっとトイレに…」
「ああ、うん。いっといで。私ほら、ケーキとコーヒーも注文してるから。店の入り口で待ちあわせね。」
こういう時、後輩は気を利かせて先輩が食べ終わるまで待ってなきゃいけないってなる事も多いって聞くけれど。
サクラさんは「そんな互いの遠慮は無し!昼休みだよ? 」っていつだったか笑って言った。
それ以来、サクラさんといると、二人なんだけど、自分のペースを保てて、でも話をしたい時には話が出来て。すごくくつろげる。
そんな風に相手を居心地良く出来るなんて、凄いよな…サクラさんは。
お店を出て、廊下をトイレの方向へ進んだ。
今日のオムライスも美味しかった。
この前宮本さんと行った所のも美味しかったけど。
そういえば、宮本さんにハンバーグ『あーん』された時、オムライスを『美味い』って食べてたよね。
という事は、オムレツとか…食べられるって事だよね。
この前アパートの大家さんに頂いた『福樹卵』ていう美味しいたまごがあるからそれでたまご料理作ろうかな。
…あ、高級食材ダメなんだっけ。
でも、福樹卵は、たまご専門の家畜屋さんがエサにこだわって作った、一日限定500個のたまごだからお腹には優しそうだけど…。火を通せば大丈夫かな。
そんなことを考えながら、トイレの一番奥に入った。
途端、聞こえてきた会話。
「あー…本当に告白しよっかな…。」
「えー!しなよ!絶対平気じゃん。」
どうやら、私の後に誰かが入って来た…みたいだけど、この声ってもしかして。
「大体、毎日の様に見せつけられてたら、何かむかつかない?」
「あたしならいいの?」
「えー!だって!可愛い子が隣なら、『まあしかたないか』ってムカつかないけど…納得出来ないって言うのかな…あの、秋川さんだっけ。『宮本さん、どうした?!』って思わない? 」
「たまたま、今は途切れたんじゃない?女の子が。」
「だったら、あんたが救ってあげないと!」
「だよね…」
…受付嬢のお二人ですね。
『救ってあげなきゃ』…か。
どうせあと3日ほどで私は宮本さんの彼女じゃなくなるのにな……
そこまで告白、待ってくれないかな。
せっかく宮本さんがくれた一週間だから、大事にしたい。
「あの子、宮本さんと同じイベント会社の子でしょ?あんな地味でイベントなんて企画できるのかな?」
「足ひっぱってるのかもよ?だってどう考えてもイベント企画頼みたく無くない?」
きゃはははっ!と甲高い笑い声の間に、カツンとヒールの音が混ざった。
「言わせて貰いますが、秋川は顧客からの信頼度抜群で、どちらかと言うと指名が多く、それをどうお断りするか悩んでいる位です。」
この声は…サクラさんだ…。
「失礼ながら、お二人はプロ意識に大分欠けるみたいですね。
このような、誰が聞いているかもわからない所で大声で個人の悪口や噂をして、大声で笑う。
受付を司る存在であるはずのあなた方がその様な態度ではビル全体の品位が落ちます。」
「な…」
一人の人はどうやらサクラさんの圧に押されているみたい。
「…ご忠告、どうもありがとうございます。今は休み時間。私達も休み時間は『顔』ではありませんから。こうしてリラックスをしているからこそ、仕事を完璧にこなせるんです。」
もう一人は対抗して言葉を返す。
「…そう、完璧に。
じゃあ、会ったついでに言わせて貰うけど、この前の訪問者の取り次ぎ、時間がかかりましたね。あれではクライアントに迷惑がかかります。聞けば、どこぞの男性社員と歓談されていたそうで。取り次ぎはその後だったと。」
「こ、コミュニケーションも一つの仕事です!」
「優先順位を間違えないでと申し上げているだけです。」
ピシャリと言い切ったサクラさんにどうやら返す言葉が無くなって来たみたいで。
「もう行こ。面倒くさい」と言い残し、二人は去って行った。
静かになったトイレの中にカツン…とまたヒールの音が響く。
コンコン…と目の前のドアが静かにノックされた。
「…大丈夫?」
ドアの前から優しい声。
「…はい。」
「…私は先に戻るから。また後でね。」
さっきまで受付嬢の二人と戦っていた声色とは全く別物。
優しくて、私を包み込んでくれる様な…
鼻の奥がツンとして、ポタンと涙がこぼれた。
……何で私はサクラさんじゃないんだろう。
美人で、凜としていて、仕事が出来て。
その上、こうやって人を守り、優しく出来る。
そりゃ、あんな出来た人、誰でも好きだよ。
『サクラは…もっと近い存在かな』
……宮本さんだって。
トイレから覇気無く出て来て廊下を歩き出した時、鞄の中でスマホが揺れた。
あ…宮本さん…
『お疲れ。言い忘れてたけど、俺、貝類食べれない。』
……貝類。
思ってもみなかった。
あまりお弁当に入れるイメージが無いけど。
何となく頬が緩む。
『お疲れ様です。了解です』
『ハンバーグ食いたい。』
……また?
今度は声を出して笑った。それからふうと息を吐き出す。
『はい!』
『作るのに気合いが必要なら、いらない。』
『気合いよりタマネギが必要なので大丈夫です』
ハンバーグならつなぎにあのたまごも使えるし。
ひとくちハンバーグにして量を少なくすればみじん切りもたくさんしないからそれ程時間もかからない。
後は……もう二品くらい欲しいよな、ガツンとメインが。
単純だけど、宮本さんとのメッセージのやり取りで、一気にまたお弁当で頭がいっぱいになった。
いつの間にか、楽しくなっちゃって、あれこれメニューを考えながら会社へ戻ったら、サクラさんが私の顔を見て、微笑む。
それから、ポンっと頭に掌を乗せて「今日も定時であがりなよ」そう言って通り過ぎて行った。
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宮本さんがあまりにも優しくて、『私も頑張らないと』と思った。
だから…
“お夕飯、お弁当作って持っていきます”
なんて、言ってはみたものの…
何を作ったら宮本さんは嬉しいのだろうか。
ハンバーグが好きって言ってたけど、今週だけで2回その系統を食べてるしな…
ほかの好きな食べ物リサーチしておけば良かった。
「…麻衣どうしたの?」
宮本さんと会えないお昼休み、久しぶりにサクラさんと一緒に会社が入っているビルの二階にあるカフェに来た。
お夕飯のヒントが欲しくて、注文し終わってもメニューとにらめっこし、来たオムライスを見て溜息をつく。そんな私を見て、サクラさんが『おかしい』と思わないはずはない。
「あ、いえ…オムライス、美味しいなあって思って。」
慌てて誤魔化したら、穏やかに微笑んだ。
「麻衣は本当にオムライスが好きだね。
そういえば、今度の鎌原駅のイベントも、たまご亭が出店してくれるかもしれないよ。」
「えっ!本当ですか!」
「うん。昨日電話があってさ。麻衣が卵に詳しくて、それを嬉しそうに話してたのが印象的だったんだって。麻衣が担当ならやってもいいって。」
「た、たまご亭のご主人がそんなことを…」
「嬉しい?」
「もちろんです!」
だって、たまご亭のご主人のオムライスは本当にこだわって作っていて美味しくて。
どうしてこんなに美味しいんだろうって、すっごく考えて…そこからたまごに興味を持って。そして色々調べたって経緯があるから。
あれは、本当にただの興味だったけど、役に立って良かった…。
「…ま、本格的に動き出すのは来月以降だから。今は鋭気を養ってて?
良かったね、付き合った時期が丁度今で。」
その言葉にドキンと鼓動が跳ねる。
一瞬フリーズしてしまった私にサクラさんは「ん?」と再び首を傾げる。
それから眉間に皺を寄せた。
「…もしかして、もう、うまくいってないの?」
「えっ?!そ、そんなことは…や、優しいです、宮本さんは…」
「…そう?だったらいいけど。」
いまいち納得してない様な顔でサクラさんはパスタをクルクルと綺麗にフォークに巻く。
“だったらいい”…のかな。
サクラさんにとっては、早く別れて欲しいんじゃないのか…な……
オムライスの最後の一口を飲み込んだ。
「あの…すみません、私ちょっとトイレに…」
「ああ、うん。いっといで。私ほら、ケーキとコーヒーも注文してるから。店の入り口で待ちあわせね。」
こういう時、後輩は気を利かせて先輩が食べ終わるまで待ってなきゃいけないってなる事も多いって聞くけれど。
サクラさんは「そんな互いの遠慮は無し!昼休みだよ? 」っていつだったか笑って言った。
それ以来、サクラさんといると、二人なんだけど、自分のペースを保てて、でも話をしたい時には話が出来て。すごくくつろげる。
そんな風に相手を居心地良く出来るなんて、凄いよな…サクラさんは。
お店を出て、廊下をトイレの方向へ進んだ。
今日のオムライスも美味しかった。
この前宮本さんと行った所のも美味しかったけど。
そういえば、宮本さんにハンバーグ『あーん』された時、オムライスを『美味い』って食べてたよね。
という事は、オムレツとか…食べられるって事だよね。
この前アパートの大家さんに頂いた『福樹卵』ていう美味しいたまごがあるからそれでたまご料理作ろうかな。
…あ、高級食材ダメなんだっけ。
でも、福樹卵は、たまご専門の家畜屋さんがエサにこだわって作った、一日限定500個のたまごだからお腹には優しそうだけど…。火を通せば大丈夫かな。
そんなことを考えながら、トイレの一番奥に入った。
途端、聞こえてきた会話。
「あー…本当に告白しよっかな…。」
「えー!しなよ!絶対平気じゃん。」
どうやら、私の後に誰かが入って来た…みたいだけど、この声ってもしかして。
「大体、毎日の様に見せつけられてたら、何かむかつかない?」
「あたしならいいの?」
「えー!だって!可愛い子が隣なら、『まあしかたないか』ってムカつかないけど…納得出来ないって言うのかな…あの、秋川さんだっけ。『宮本さん、どうした?!』って思わない? 」
「たまたま、今は途切れたんじゃない?女の子が。」
「だったら、あんたが救ってあげないと!」
「だよね…」
…受付嬢のお二人ですね。
『救ってあげなきゃ』…か。
どうせあと3日ほどで私は宮本さんの彼女じゃなくなるのにな……
そこまで告白、待ってくれないかな。
せっかく宮本さんがくれた一週間だから、大事にしたい。
「あの子、宮本さんと同じイベント会社の子でしょ?あんな地味でイベントなんて企画できるのかな?」
「足ひっぱってるのかもよ?だってどう考えてもイベント企画頼みたく無くない?」
きゃはははっ!と甲高い笑い声の間に、カツンとヒールの音が混ざった。
「言わせて貰いますが、秋川は顧客からの信頼度抜群で、どちらかと言うと指名が多く、それをどうお断りするか悩んでいる位です。」
この声は…サクラさんだ…。
「失礼ながら、お二人はプロ意識に大分欠けるみたいですね。
このような、誰が聞いているかもわからない所で大声で個人の悪口や噂をして、大声で笑う。
受付を司る存在であるはずのあなた方がその様な態度ではビル全体の品位が落ちます。」
「な…」
一人の人はどうやらサクラさんの圧に押されているみたい。
「…ご忠告、どうもありがとうございます。今は休み時間。私達も休み時間は『顔』ではありませんから。こうしてリラックスをしているからこそ、仕事を完璧にこなせるんです。」
もう一人は対抗して言葉を返す。
「…そう、完璧に。
じゃあ、会ったついでに言わせて貰うけど、この前の訪問者の取り次ぎ、時間がかかりましたね。あれではクライアントに迷惑がかかります。聞けば、どこぞの男性社員と歓談されていたそうで。取り次ぎはその後だったと。」
「こ、コミュニケーションも一つの仕事です!」
「優先順位を間違えないでと申し上げているだけです。」
ピシャリと言い切ったサクラさんにどうやら返す言葉が無くなって来たみたいで。
「もう行こ。面倒くさい」と言い残し、二人は去って行った。
静かになったトイレの中にカツン…とまたヒールの音が響く。
コンコン…と目の前のドアが静かにノックされた。
「…大丈夫?」
ドアの前から優しい声。
「…はい。」
「…私は先に戻るから。また後でね。」
さっきまで受付嬢の二人と戦っていた声色とは全く別物。
優しくて、私を包み込んでくれる様な…
鼻の奥がツンとして、ポタンと涙がこぼれた。
……何で私はサクラさんじゃないんだろう。
美人で、凜としていて、仕事が出来て。
その上、こうやって人を守り、優しく出来る。
そりゃ、あんな出来た人、誰でも好きだよ。
『サクラは…もっと近い存在かな』
……宮本さんだって。
トイレから覇気無く出て来て廊下を歩き出した時、鞄の中でスマホが揺れた。
あ…宮本さん…
『お疲れ。言い忘れてたけど、俺、貝類食べれない。』
……貝類。
思ってもみなかった。
あまりお弁当に入れるイメージが無いけど。
何となく頬が緩む。
『お疲れ様です。了解です』
『ハンバーグ食いたい。』
……また?
今度は声を出して笑った。それからふうと息を吐き出す。
『はい!』
『作るのに気合いが必要なら、いらない。』
『気合いよりタマネギが必要なので大丈夫です』
ハンバーグならつなぎにあのたまごも使えるし。
ひとくちハンバーグにして量を少なくすればみじん切りもたくさんしないからそれ程時間もかからない。
後は……もう二品くらい欲しいよな、ガツンとメインが。
単純だけど、宮本さんとのメッセージのやり取りで、一気にまたお弁当で頭がいっぱいになった。
いつの間にか、楽しくなっちゃって、あれこれメニューを考えながら会社へ戻ったら、サクラさんが私の顔を見て、微笑む。
それから、ポンっと頭に掌を乗せて「今日も定時であがりなよ」そう言って通り過ぎて行った。
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