Limited-lover
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宮本さんが私の鞄をひょいっと持ち上げた。


「荷物、これだけ?」
「あ…自分で持ちます。」
「麻衣は夕飯の持ち運びに集中しなさい。言っとくけど、それダメになったら俺、泣くからね。」


嬉しいはずのこんな会話でさえ、どことなく苦しさが伴う。

宮本さんがくれた、貴重な一週間。

"良い思い出でいっぱいにしよう"
"ちゃんと楽しくいなきゃ"

もちろん、そうは思ってる。

けれど、宮本さんと恋人で居られる期限が近づけば近づくほど、マイナス思考に引っ張られる時間が増えて来ている…気がする。


『いい加減、告白しようかなー!』


…宮本さん。
私と別れた後、あの受付の人と付き合っちゃうのかな。
それともサクラさんと気持ちを通じ合わせて…

「……。」

どちらにしても、彼女になった、私じゃない誰かがこうやって宮本さんに優しくされるんだよね…。


気持ちがモヤモヤとしたまま、車に乗り込んでシートベルトを締める。「じゃあ、行きますよ」と私の頭を撫でる宮本さんの掌。それを感じられる今が嬉しくて、でもやっぱり苦しくて。

それでも、「はい」と笑って返事をした。


.



「…あ。そういや、これあげる。」




車を走らせて少し行った所で、赤信号にぶつかって車を停めた宮本さんが、ヌッと何かを上着のポケットから出して私に差し出した。


「あ…“ゆるネコびより”!」


広げた掌にポトンと落ちてくる、“ゆるネコびより”のプラスチック製のおもちゃ。これは…“わたあめ”だ。

白地に茶トラの模様が三毛の様に入っている雑種。小さな駄菓子屋さんで産まれて、若い頃はやんちゃで、よく駄菓子屋のおじいさんが「こら!」って怒っていたけど、今は落ち着いてのんびり暮らしているんだよね。

のぺっと潰れた顔のまま、目を完全に細めて寝ていて。背中には友達の小さなネズミがちょこんと乗っかって一緒に寝ている、そのプラスチック製の掌サイズのオモチャを思わず親指で撫でた。


「これ…もしかして、某ハンバーガーショップの子供のセットの期間限定のおまけですか?」

「おっ!さすがよく知ってるじゃん。作田さんが今日、「小腹が減ったー」って買っててさ。それでおもちゃだけ頂いてきた。」

「…作田さんと。」

「?。うん。俺と作田さん二人で外出の用事があったから、フラッとね。ほら、駅前に入ってるイートインがあんまりない小さい所。」


……オマケが『ゆるネコびより』の子供のセットを大の大人男二人で注文。


何度か作田さんをお見かけした事があるけれど…
歩き方が猫背な人だよね。鼻筋が通っていて綺麗な顔立ちではあるけれど、どこか幼顔だった。
宮本さんもの髪も猫っ毛でふわっとしているけれど、作田さんはもっときのこヘアというか…髪の量が多い感じの印象かもしれない。

総じて、雰囲気が柔らかくて、マイナスイオン出してそうなイメージ。


「…作田さん、買ってても違和感が無さそう、“ゆるネコびより”」


ポツリと言ったら、宮本さんがハハッと笑った。


「まあ、あの人自体が、のっそりしてて、ゆるネコびよりのキャラクターに居そうだもんね。」

「居たら、人気ありそうですね。」

「あの人、背もたれに置いたら心地良さそう。」

「抱き枕じゃないんですか?」

「いや、それは無い。だって、もっと抱き心地いいのが居ますから、俺には。」


サラリと言われて、ドキンと鼓動が跳ねる。


また赤信号で車が止まった。

変わらない柔らかい笑みがこっちに向いて、今度は指でほっぺたをつままれる。


「大福。」
「…信号青に変わりました。」
「あらま、残念。どこまで伸びるかやりたかったのに。」


親指がスリッとそのまま頬を撫でてから離れて行く。

けれど、ほっぺたにはその指の感触が残っていて、勝手に熱を持つ。



…失敗だったかな、一週間。


もっと短い期間なら、余計な感情は生まれなかったのかも。
ただ、必死で、シンプルにその時間を楽しんだだけで済んだのかもしれない。


でも、今は…自分が宮本さんを好きだって感じれば感じるほど、残りの期間がわずかである事が脳裏を過ぎって…

その後、宮本さんと一緒に居ない元の生活に戻るんだって思ったら、寂しくて、悲しくなって…少し恐いとすら思ってしまう。

太ももの上でキュッと握りしめた“わたあめ”は、無機質ながら、私の掌の体温と融和して温かく感じる。


……ダメだ。
また、マイナス思考に走っちゃった。

とにかく今日を入れて後3日。
めいっぱい、宮本さんの彼女である事を堪能しなくちゃ。

そして、出来れば…宮本さんも私と居て楽しいって思ってくれる様に、頑張らなきゃ。






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